すてきね

 「となりのトトロ」のなかに、「おとうさん、すてきね」というセリフがある。この「すてきね」という言葉が、すてきに作用することに、子どもは気づいたらしい。いたずらがみつかったとき、叱られそうになったとき、甘えたいとき、わがままをとおしたいとき、すかさず言うのである。「ママ、すてきねー」「パパ、すてきねー」。べつにママをすてきといってくれているわけではないとわかっているのだが、それでもそう言われると、こちらも「リク、いい子ねー」とか言いながら、なんとなく道をゆずってしまう。そんなわけで子どもは毎日何十回となく「すてきねー」を言っている。
 「すてきねー」と言われたからといってゆずるわけにいかないことももちろんあって、毎日何度かは、叱られて泣いたり、わがままがとおらないので怒ってママを叩きながら泣いたりしている。泣き出すとセリフが変わって「ママ、すりすり」になる。ママの体をさすりながら「ママ、すりすり、ママ、ぶっちゅー」というと、こちらとしてもキスしてやらないわけにいかず、そうするとおのずから和解は成立しているらしく、嘘のようにけろっと泣きやんでいるのだった。
 
 子どもの虐待のニュースをきかない日がないくらいだが、小さい子どもにとって、親の機嫌のよしあしが、ときに生死に関わるということに戦慄する。なるほど子どもにとって、親の機嫌のよしあしはきわめて重要な事にちがいなく、そう思えば、「すてきねー」も「すりすり、ぶっちゅー」も、まことにけなげでいじらしい。
 
 「ママ、すてきねー」といいながら、私が手紙を書いているのをしきりに邪魔するので、最初に子どもに手紙を書いた。「おてがみ。○○○○○○○くんへ。いいこですね。だいすき。ままより」。つっかえながらも手書きの文字をちゃんとよんでいた。
 
 「おいしい。こんなおいしいジュースのんだことないわ」と、毎日飲んでいるカルピスを飲みながら言っているのは、アルプスの少女ハイジの真似。毎日、たいへん面白い。