遠景

 私の小さなスケッチブックがどこにしまってあるかを、子どもはよく知っていて、印刷に失敗したコピー用紙の裏側なんかには見向きもせず、「おえかきするねー」と、スケッチブックと水彩色鉛筆をもってきて机に広げたあと、「はい、ママさん」と色鉛筆を私に握らせる。それで私にあれこれの絵をかけ、というのだ。車とか汽車とかミッフィーちゃんとか、かかされるものはきまっていて、私もいいかげん飽きている。「ママじゃなくてリクちゃんがかくねー」と色鉛筆を子どもに握らせると、すこしは自分でかいている。「くるま」と「トラック」と「きしゃ」をかいたらしい。ぐちゃぐちゃぬりつぶしているところが、たぶん、タイヤなんだと思います。
 
      遠景    木山捷平
 
草原の上に腰を下して
幼い少女が
髪の毛を風になびかせながら
むしんに絵を描いてゐた。
私はそつと近よつて
のぞいて見たが
やたら青いものをぬりつけてゐるばかりで
何をかいてゐるのか皆目わからなかつた。
そこで私はたづねて見た。
──どこを描いてゐるの?
少女はにつこりと微笑して答へてくれた。
──ずつと向うの山と空よ。
だがやつぱり
私にはとてもわからない
ただやたらに青いばかりの絵であつた。