幸福な土地

 なんだか春の日差しだ。ぽかぽかしている。でもときにすごい風。
 昨日は小雨のなか、街へ降りる。ここは山のほうなので、どうしても、降りる、という表現になるのだが、最近、街に降りると疲れる。空気の悪いところへ来たなあとまず思う。街中で、かれこれ20年ほどは暮らしていたのにさ。助成金申請の説明会というのに行って、2時間あまり、会議室に用意された椅子にすわっていた。担当者もご苦労さんだが、私もご苦労さんだった。子どもはその間、パパと一緒に電車に乗って駅まで新幹線を見に行って、よかったねえ。
 道すがら、紅梅白梅咲いているのを見た。うちの庭のつぼみがふくらんできている。今年は来たか来ないかわからないうちに、冬が過ぎてゆくみたいだ。もう菜の花も咲いている。
 
 野樹のホームページの表紙をかえてみた。表紙だけ。内容も更新したいつもりではあるんだが。
 以前載せていた雲の写真はフィリピンのゴミの山の上で写したもの。5、6年前だと思うんだけれど、雨季に山にのぼったとき。いまは許可なしに立ち入りもできないが、以前はそんなこともなくて、滞在中はゴミの山にのぼるのが日課だった。ゴミの山はぬかるんで、思うように歩けないが、借り物の大きな長靴で不器用に歩く私の傍ら、ゴム草履の子どもたちは、ゴミの上をかろやかに渡ってゆく。顔見知りの子どもたちと、ときに遊んだりしながら、いつものように、ゴミ拾う人たちの間をすこしは写真をとったりもしながら、歩き回っていたときに、なんだか突然、こみあげるように悲しくなり、この臭いも、どろどろのゴミもうじも蝿も、真っ黒の大人たち子どもたちも、目の前の光景が、ただもう悲しくなり、思わずカメラを空に向けた1枚。この空のすぐ後に、激しいスコールがきて、山の途中のビニールをかけた小屋で、雨宿りした。自分は濡れながら、私に濡れないほうの場所をゆずってくれた少年たち。
 
 新しい絵は、たぶんもう8年か9年前、ゴミの山の子どもたちの描いた絵で、最初にカレンダーをつくったときに使った絵の1枚。あのころはパソコンなどもっていないから、お絵描き帳に、絵をカラーコピーしたものをはりつけて、日付を書き込んで閉じただけのものを、会う人会う人売りつけてまわった記憶がある。1000円で売っていた、多分。いまは、200円。
 どの子がかいたのかもうわからないこの絵が好き。これを見ていると、いつか、私は私の幸福な土地についての物語を書きたいと思う。