「うすいがらすも磨いて待たう」

 昨日、助成金の申請書類、郵送する。封をする直前に見直したときにも、書き忘れが見つかったりして、なんだかもう疲れたけれど、とにかく出せた。ニュースレターの発送もほぼ終わり。お世話になったみなさま、ありがとうございます。
 届いた本の支払いもして、心も財布も軽い。ようやく掃除をする気になって、久しぶりに掃除した。
 
  白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう (斎藤史)
 
という短歌をこの時期になると思い出す。昭和のはじめ頃の歌。歌人は数年前90歳を超えて亡くなったが、最晩年の歌も凄い。
  
  ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう
  すでにしておのれ黄昏 うすら氷の透けるいのちに差すや月光(つきかげ)
 
 あと半世紀後に、もしまだ生きていたら、このような歌は詠めなくてもいいけれど、このような精神は欲しい、と思う。感傷とも自己憐憫とも無縁な、あるがままに無惨で快活な老いでありますように。
 ぐじやぐじやのおじやのような話をするおばあさんにだけはなりたくないと、ひそかに強く願っている。