台風

 台風が来るらしい。
 子どものころ、台風のよく来る地域だったから、それでまた、ぼろ家だったから、台風が来るというと、父はトタンやベニヤ板を窓に打ちつけた。昼間なのに薄暗くなった家の、窓のわずかなすきまから外を見るのが、なんだかとてもぞくぞくした。床上浸水したり、屋根の瓦が飛んだり、ひどいめにあったことも、あったのだが。
 雨が来る前に、外に出て、台風が来るという風、草木とけもののにおいの混ざったような生あたたかい風に吹かれているのも好きだった。
 窓の外の暴風雨を、すきまから見ながら、人も家もない、原始の世界に降る雨はどんなふうで、吹く風はどんなふうかしらと思った。
 ずっとのちになって、フィリピンの田舎に行ったとき、椰子の森が激しいスコールにけぶるのをバスの窓から見ながら、昔こんななかを、恐竜たちは歩いていたろうかと思った。
 夏のこの時期、フィリピンに滞在すると、夕方のニュースでは、自然災害の話題が相次いだ。土砂崩れや家屋の崩壊、河川の決壊などなどなど。
 最近は日本でもそうかもしれない。
 毎年、夏に半月ほどを滞在していたフィリピンのゴミの山が、降りつづいた台風の雨のために崩落して、数百人が犠牲になったのは、2000年7月10日だった。
 埋まってしまった集落には、アンジェロという男の子とその家族も住んでいたはずだった。アンジェロたちの、事故のあとの消息を知らない。
 治療されないままの口唇裂がいたいたしい男の子だった。うつむきがちな印象の子どもだったが、声をかけたとき、一瞬瞳が輝いたのを、いまもときどき思い出す。