新年の抱負

新年の抱負、などというもの、
もう何十年も考えたことがない、
ということに気づいて愕然としている。

昔、母が生きていたころは、お正月に
「今年の抱負は?」などと、声をかけてくれていたような気もするが、
高校のころにはもう、それどころではない暮らしだった。
母が死んだあと、誰かにきかれたことはあったろうか。「今年の抱負は?」
いったい、どんな答えを聞きたいんだと、身構えた記憶だけ、ぼんやりある。

だいたい、抱負、などという言葉に対応できるほど、前向きに生きてない。思えば18歳からワーキングプアだった。学生だったけど、今年は単位をとります、とか、今年こそは卒業します、とか、そんなことを言ってみても、生活費と授業料稼ぎの皿洗いで疲れているし、もうどうでもいいやと半ばは思っているから、自分で嘘のように感じてしまう。卒業してどうするかしら、と思ったら、その先まっくら、私が見つけることができたのは時給580円のバイトがひとつ。世の中はバブルだったらしいのに、そんなこと私は全然知らなかった。

さて、新年の抱負、という言葉の前に、まじめに立ち止まってみた私は、たぶんいま、平和に暮らせているのだ。
で、考える。今年の新年の抱負。

家族もれなく生きのびること。

パパに聞いてみると、こちらも「生きのびること」とかえってきた。

あまりにシンプルなので、もうすこし色をつけよう。
ゴミの山の学校の支援をつづけること。短歌をつづけること。ちびさんを幼稚園に行かせること。(ひとりで行くんだよ。)