妄想

「ぼくがママとフィリピンにいたとき」と、ちびさん夜中に突然話しはじめた。
ママとフィリピンに? 連れていった記憶はないが、まあいいや。ママとフィリピンにいたの? いつ?
「ずーっとこのまえ。それで、ぼくがママとフィリピンにいたとき、ぼくがこうやってすわって、ママとよんだら、ママがきたんだ。」
「どこにすわってたの?」
「がっこう。おともだちもいっぱいいて、ぼくはいちばんまえの、いちばんひだりにすわっていたんだ。それでママに、いっしょにべんきょうしようようって、いったんだ。そしたらママが、はい、そうしようって、えいごでいったんだ。」
(パアララン・パンタオのことかな。)
「ローラ(おばあちゃん、レティ先生のこと)とジェイはいた?」
「うん、ローラはこっちにいて、ジェイはあっちにいたんだ。それからママがきたから、ぼくははしっていって、ママ、べんきょうしようようって、いったんだ。そしたら、ママが、アルファベットはこうかくのよって、おしえたんだ。それから、ひらがなとかたかなと、おしえたんだ。ぼくフィリピンにいきたいなあ。おおきくなったらいける?なんがつなんにちになったら、ぼくはおおきくなるの?」

と、ちびさん、楽しそうにしゃべりつづけていたんだが、突然パパが、「ごめん、パパがわるかった。ごめん、パパがわるかった」と謝りはじめた。「きっと、現実がつらすぎるから、妄想に逃避するようになるんだ。パパがわるいんだ。ごめんよう」

つらすぎる現実? ああ夫婦喧嘩のことですね。

夜ごはんのとき、パパが怒って、怒らせたのは私なんだが、なぜ怒っているのか、わからないのが困るんだ。
(以下、犬も食わないので略)
……とやってる間、ちびさん、泣きっぱなし。それでまたパパ怒鳴るんだ。
「子どもにとって夫婦喧嘩がどんなにつらいか、おまえにはわかんないんだろう」
「わかってるなら、怒鳴るのやめなよ。パパが怒鳴るから泣くんだよ」
「だからなんで、ごめんなさいが言えないんだ」
「ごめんなさいを言ってほしかったの? そんなら、最初っからそう言ってよ」 

みたいなことだったんだが、ともあれ、ちびさん受難だった。
気にするな。きみの親たちは、ちょっとヘンなんだ。