シンプルな場所

河津聖恵さんが、ブログで詩論を展開している。
面白い。コトバは大いなる他者である。
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柳美里さんの朝鮮大学校訪問記、読む。

「孤独─、孤独は不安と一体になっているものです。
 不安が社会を覆い、孤独がひとのこころに襲いかかる。
 いまの日本の教育の場を支配しているのは、理念でなく「不安」であるような気がします。(略)
 教師の孤独、児童の孤独─、孤独が暴力の一因であることは間違いがありません。暴力は一時的に孤独感を麻痺させるからです。
 暴力は他者に向けられる場合もあるし、自殺というかたちで自分に向けられる場合もあります。
 暴力に対する不安が立ちこめる教室のなかにいる教師と生徒は、不安な存在として立ちつくすしかないのです、それぞれ別の方角を向いて──
 朝鮮大学校の学生と話して、彼らは常に新しい不安と危機に曝され、孤独感をおぼえながらも、「孤独」によって「連帯」すべく、自分と向き合い、友人と向き合い、日本と向き合い、世界と向き合おうという極めて前向きな姿勢と意志を持っている、と確信しました。」

「孤独」によって「連帯」する。
その方向性しかないと思う。
「個」のありようを確かにしていくこと。個と個をつないでゆくこと。

共同幻想は、どんな共同幻想も、嘘まみれで残酷なものだ。

この社会が、マイノリティに対してどんなに残酷かは、マイノリティの側にいなければ決してわかるものではないだろうが、本当は、個々人は誰ひとり同じではないという意味で、ありのままの存在として、マイノリティなのだ。

ひとりの人間になること。それ以外の何ものにもならないこと。


自閉症関係の本を読むまで、気づきもしなかったけれど、言われてみると確かにその通り。
自閉症の特徴らしいんだけど、まず全体を把握して、それから部分を見ていく、という認識が苦手である。ほとんどできない。目の前にあらわれた光景、一歩踏み出してみて、また次にあらわれた光景、という、部分と部分と部分をつなぎあわせながら、世界を認識していくというやり方。
なので、自分が世の中の、いまどこらへんに立っているのか、まずわからない。たぶん生きているということは、灯りのあるところにいるのだ、ということだけを、信じているだけで。
生きてみるのは、たぶん夜道を歩くのと似ている。目の前の灯りで照らされたところだけが見える。その向こうは、また一歩踏み出してみるまで、わからない。

でもそういう脳のありようも、使い道はあるか、と思うのは、たとえばゴミの山に行って、それは役立った。こわくないのだ、スラムの夜道。たぶん生きている感覚、ふだん道を歩く感覚と、同じだったからだろう。ゴミだらけの川にかかった細い橋を渡るときはさすがに、落ちたらいやだなあと思ったけど。

鳥瞰ができないことも、何かの役には立つ。もし、ゴミの山とか、貧困とか、スラムのありようとか、それをとりかこむ社会情勢とか、いろんなことが、もし最初っから見えていたら、先に絶望と無力感が襲ってきて、だから、知らないふりをしたかもしれない。
でも、私の目の前にあったのは、レティ先生と子どもたちだけで、ほかにはなんにも見えなかったから、いまここにある希望を失いたくないという気持ちだけが全部で、言葉もわからないし金もないのに、なんにも見通しがないのに、支援グループを立ち上げるなどということをしてしまえた。絶望も無力感も、入り込むすきまがなかった。
(あのころ、ひとりで銀行や郵便局にも行けないほど、世の中に対してこわがりになっていて、郵便局に口座を開くのに、学生についてきてもらったことを覚えている。)
鳥瞰できない、ということとつながるんだろうが、いろんなことに、見通しがもてない。それはそれなりに苦しいんだが、見通しがもてないまま生きていることがあたりまえなので、活動立ち上げるに際して、見通しがもてないなんてことは、障害にはならなかった。

ゴミの山の学校は居心地が良かった。思い出すのは、学校が潰れそうだったときに、明日どうなるか、もう全然わからないときに、停電が続いて、雨のなか、ろうそくを灯して、ひとりで留守番していた休日の夕暮れ。
目の前に一本のろうそくがあるだけ、という場所にいて、それは人生のとても正しい場所にいるという感じがしたことだった。たぶんそれは、私のいたってシンプルな脳のありようと、そっくりで、とてもとても落ち着いたのだ、と思う。

あのシンプルな場所につねに立ち返ることができれば、私の人生は大丈夫だ、と思う。