パアララン 1

7月31日、息子とふたり福岡空港からフライト。午後6時半頃、マニラ着。日本よりずっと涼しく、でも空気は湿気を含んで重い。空港の外で風に吹かれて待っていたら、グレースが迎えに来てくれた。グラブタクシーで、帰るという。スマホで登録しとくと使えるらしい配車システム。30分ほど待っていたら、タクシー来た。
渋滞。ラジオからはバスケットボールの実況中継。2時間以上かかってパヤタス着。レティ先生、起きて待っていてくれた。キッチンのいつもの場所で。
ジョリビーのドライブスルーで買ったハンバーガーとチキンとライス食べる。息子、ハンバーガーとチキンは大丈夫だが、ライスは無理、と言う。去年もジョリビーのライスは無理だった。翌朝私が食べることにする。
いつものように、教室で、テント型の蚊帳のなかにマットレス敷いて寝る。天井のヤモリが鳴く。外では真夜中まで、少年たちが遊んでいる。バスケットしていたり話している声が響く。それからバイクの音もする。眠れない。ようやく静かになったなと思っていると、もう鶏が鳴きはじめる。
朝起きた息子は、足をたくさん蚊に刺されている。なぜ?同じ蚊帳のなかで寝たのに。私は無傷。
その後も、同じ場所にいて、私は刺されず、息子は刺された。アルコールや虫よけローションやカトル(蚊取り線香)出してもらうが。……デング熱にならなくてよかった。

グレースが朝ごはんの用意してくれる。イエン先生がやってくる。
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今年、パヤタス校の、朝のクラスは9時から11時。3-4歳の29人が登録。
まず、歌ったりお遊戯したり。それから色の学習(この日はピンク)とぬりえ、おえかき。レティ先生も教室に車いすで出てきて、子どもに声掛けしている。それから、子どもたちがテレビの教育番組のアニメを見ている間、イエン先生はノートチェック。それからおやつ、休憩のあと、言葉の学習。この日はタガログ語のiからはじまる言葉。私も覚えた。ibon イボン 鳥。11時。子どもたちは、さようならの挨拶をして、迎えに来た母親たちと帰っていく。
今年、パヤタス校の先生はイエン先生ひとり。途中で、奨学生が来てアシスタントをする。マイケルは今年からカレッジに通っている。専攻は農業。

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去年までは給食があったが、今年はない。奨学生をサポートしてくれているスイスのグループが支援してくれていたが、今年は給食の支援は断った。先生が少なくて、給食を作る人手がない。小さい子たちばかりなので、食べても吐いたりするし、食事のケアはなかなか大変。それに、子どもたちは自宅からおやつをもってくる。
(その分を、先生の給料や、学校の電気代や備品など自由に使わせてもらえるといいのだが、そう簡単ではないみたいで、いまのところ、学校の資金不足を補ってもらえるような話にはなっていない。)
つまり、先生たちの給料をあげることができない(公立学校の教師の3分の1~4分の1しか払えていない)かわりに、給食の仕事を減らした、というところ。
ちなみに、レティ校長は、無給。息子たちのサポートで身の回りのことはやりくりしている。去年のクリスマスはお金が足りなくて、先生たちに払うボーナスが準備できなかった。例年、一か月分のサラリーをボーナスとして払うのだが、できなくて、息子のジェイが、なんとか2000ペソずつ、先生たちに出してくれたらしい。
ダニエル先生は、こんなにも薄給では家族をサポートすることもできないので、パアラランをやめて、いまは商店で働いている。

午後のクラスは1時から3時半。4-5歳の31人が登録。
最初に歌。それから出欠をとる。いない子は、他の子が「欠席!」と返事している。
色の学習。この日はピンク。母音aeiの発音の練習と復習。iではじまる言葉。
午後から来ていた新しい奨学生のグエンが、子どもたちにibon(鳥)のお話の絵本を読み聞かせ。グエンは初等教育専攻の2年生。お話、とっても上手だ。それから、Iiの文字を書く練習。あっというまに、ノートいっぱいにIiを書く子もいれば、鉛筆を持つのがむずかしい子もいる。子どもたちの文字は、それぞれに不思議な暗号に見えて面白い。イエン先生とマイケルとグエン、それから私の息子も、子どもたちに手をそえて、一緒に書いている。Ii。
ひとり、お母さんがクラスにいて、クラスの活動に入ってゆけない男の子の傍らで、サポートしていた。その様子はとても他人事と思えないが、私の息子は、ノートに「ぼくに似たやつが2名」とメモしていた。

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そういえば、去年、午後のクラスにいた、私の息子にほんとによく似ていたアイヴァンは、午前のクラスだった1年目は、教室を歩き回ってまったくじっとしていなかったが、2年目はクラスの活動には参加しなくても、教室で落ち着いて過ごせるようになり、それからすばらしく成長して、しっかりした子どもになってパアラランを卒業、公立のキンダーガーデンに通っている、という。

3-5歳の幼児教育の大切さは、このあたりの親たちにも周知されてきたのだろう、5歳になったら公立のキンダーガーデンに行けるのだからそれでいいじゃないか、というふうにはならなかった。レティ先生の話では、資金難なので、パヤタス校を閉鎖してはどうかと、息子が提案したが、このあたりに、3-5歳児を受け入れる施設は、パアラランともうひとつ、たった2校しかない。もうひとつのほうは、1日に3セクションもうけて、子どもたちを受け入れている。パアラランは午前午後の2セクション、60人で精一杯だが。閉じることはできない。この地域の子どもたちにとって必要だから。

ずっと以前、私たちが支援をはじめた25年前もレティ先生は同じことを言っていた。「お金がない。でも子どもたちが来るから閉じられない。」
シンプルである。この人は全然変わらない。パアララン・パンタオ、今年開校30年。

クラスのあと、放課後の教室で、イエン先生と奨学生たち、明日のクラスの準備。それから掃除。5時頃、帰っていった。
パヤタス校にいるときの私たちの食事は、イエンとグレースが、交互につくってくれた。息子、家庭科の調理の宿題を、アドボとシニガンスープにしよう、と思いついた。少しだけ慣れてきたフィリピン料理。レティ先生にレシピを聞いてメモしていた。

彼は、夏休みの宿題をひとやま抱えてきているが、野球中継もない、インターネットもない環境のなかで、さぞかし進むだろうと思ったら、全然。
息子が言うには、空気が違う、質感も匂いも、まわりの言語も、物音も違う、食べ物も違う、彼は去年に続いて2度目の滞在なのだが、五感全部が衝撃を受けて、それを耐えているのが精いっぱいで、疲れてだるくて、宿題どころではない、らしい。夜は、電子辞書読んだり、まんが(日本の漫画の英訳コミック。絵本の棚に1冊あった)読んだり。それでも、英語の宿題は、滞在中に終わらせていたか。

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教室の天井は穴が開いている。去年よりひどくなっている。