「市場の生活者」

なかなかこんな詩を読む機会もないと思うので、書き写します。
朗読会で崔真碩さんが読んだ詩のひとつ。
朝鮮詩人集団機関紙「チンダレ」1953年6月


  市場の生活者   権東沢

道路は魚のうろこでひかっていた
チョゴリの袖もひかっていた。
ぼくの母は チリチリ軋る車を押して
今日も中央市場の門をくぐる
魚の倉庫そこら一面魚くさい中を
母は泳ぐように歩いていった。

女の子が氷と一緒に すべって来た魚を
すばやく掴んで 逃げた
手鉤が青空をとぶ怒号とともに

暗い芥捨場には腐りただれた魚の山、山
そこは蠅の理想郷(ユウトピア)だった
母はその痛烈な匂いの中にしゃがむ

遮だん機が あわただしく
汽笛にお辞儀した
警笛──
轟音が近付く
魚くさい白旗が 蒸気にかくれた
貨車は続く……
臓物の匂い
魚の匂い
血の匂い
海草の匂い
きしんだ貨車からりんごが転がり落ちた
五つ 六つ
人の手が無数に伸びる

生きる者の腕絡み合った儘
炭煤(すす)が舞い下りる
ぼくは目をつむった。


☆☆

「そこは蠅の理想郷(ユウトピア)だった
母はその痛烈な匂いの中にしゃがむ」

たちまち思い出すけど。ゴミ山の光景など。
その痛烈な匂いの中にしゃがんで、ゴミを拾ったり、休んだりしながら、母親たちは、なんとか子どもを学校に行かせようとしている。なんとか生きようとしている。

その痛烈な匂いの中にしゃがんで、死にたくなったらここにこよう、生きることはここからはじめよう、と思った。

「世界中の貧乏人は家族です」
朱徳が、アグネス・スメドレーにそう言ったらしい。中国革命の頃。
そういうふうでありたい。