それがいったい、なんのフレーズだったか思い出せないまま、昨日からずっと、頭のなかでリフレインされていた。
彼が帰らぬ夜が恐ろしい
古いノートを引っぱり出して、見つけた。高校生のときのノート。その後のものはほとんどすべて失っているのに、あの頃のものだけ残っている。
「韓国からの通信」(T・K生)に引用されていた詩。
彼が帰らぬ夜が恐ろしい
彼が帰って来られぬ土地が恐ろしい
彼が帰って来られぬ土地で生きている私が恐ろしい
しかし私は決して何も忘れない
おお、記憶させよう
われらの名で呼んでみる
自由、わが愛よ
高校生のとき、ソウルの大学生と文通していて、2週間ごとに長い手紙をもらった。青インクのきれいな筆記体の文字。「テス」や「人間の条件」や手紙のなかで彼が紹介してくれる本を、私はせっせと読んだのだ。光州事件のとき、返事が返ってこなかった。必ず2週間で届いていた返事がこなくて、3週間たち4週間たったとき、不安で泣いたことを覚えてる。
もう一度手紙を書いて、2週間後に届いたのは、変わらぬやさしい手紙だった。どちらの手紙かわからないが、どちらかの手紙が届かなかったのだ。
「光州のことは北朝鮮の陰謀で、日本の報道は北のスパイである在日朝鮮人によって操作されているのだろう」と書いてあった。「ぼくらは政治の話はやめよう」と諫めてあった。その言葉がおそろしかった。ソウルの春、という言葉は美しく聞こえたが、朴 正煕が暗殺されたからといって、たちまち民主化がやってきたわけではなかったのだ。
私はいまこの国が恐ろしい。
朝鮮学校を、朝鮮学校だけを、高校無償化から排除する法的根拠はない。法的根拠のないことを、首相自ら平然とやってのけるっていうのは、しかもそれを、誰も撤回させられないっていうのは、どういうことか。
戦後ずっと、在日朝鮮人に対して当然与えるべき権利を与えずにきて、いままた朝鮮学校に対してこの仕打ちで、子どもたちに対して残酷で、そういう国で生きていることが恐ろしい。
そういうことを、他人事のようにぼんやりゆるしている日本人がおそろしい。
もちろんこの国はいままでだってずっと残酷だったが、民主主義国家でいい国だと思っていられたのは、金の力で思いあがっていられただけのことで、そもそも朝鮮半島の戦争で儲けて経済復興できたおかげで、これから貧しくなっていったら、どれだけ無惨だろうな。
無惨だろうな。