ロバを売りに

参観日。
1年生の頃の、子どもの様子が気がかりだったころの緊張感もなく、
2年生の頃の、学級崩壊とその立て直しのスリリングな楽しみもなく、
何を楽しみに行ってよいやらわからない、ぼんやりした気持ちの参観日。
後ろの壁に貼ってあった「ジャックと豆の木」の絵。Cimg1243 

授業は道徳、ロバを売りにいく親子の話で、
道ゆく人たちに、
ロバにひとり乗れるのに、と言われて子どもを乗せたら、
若い者がいばって乗って年寄りを歩かせて、と言われて父親が乗ったら、
父親だけ乗って子どもをひょろひょろ歩かせて、と言われてふたりが乗ったら、
こんなロバくらいふたりでかついで行けるだろう、と言われてロバの足を棒にくくって担いでいたら、
ロバはくくられたのがいやであばれて、その様子をみんなが笑って、ロバは興奮してさらにあばれて、橋から落ちてしまった。親子は大事なロバをなくしました、という話。

いろいろ言われたとき、それからロバを失ったとき、男はどんな気持ちがしただろう。どうしてこんなことになったのだろう。どうすればよかったのだろう。自分ならどうするかなあ。

という内容の。楽しく眺めてましたが、こうして書き起こしてみると、他人事ではないね。
右を向け、と言うから右を向いたら、どうして左を向かないのかと言われて、発狂しそうになったり、してきたけど。

非国民と言われるのがこわくて、
原発は安全と言われて、
失ったのは、ロバ程度のことではないね。

それはそれとして、子ども、椅子にすわってはいるが、もぞもぞもぞもぞ落ち着きがない。全然じっとしてない。鼻水だとか、膝の擦り傷の跡だとか、いろいろ気になるらしいんだが、その落ち着きのないのを、声をかけることもできずにずっと見ていないといけないのは、思いの外にいらいらする。
親に見られてる、という緊張感とか、ちょっとぐらいないのか。もう。

「他人のいうことに従うのではなくて、自分で考えたことをする」と、子どもは発表して、
他人の言うことは全然きかないの? と先生に聞かれていたが、
何を聞かれたかわかってない、のが、きみらしい。

傘を忘れないで、って2回も言ったのに、やっぱり忘れて帰っているのが、きみらしい。



母のほうはというと、
夜、集会所で、子ども会の来年の役員決めがあるのを、すっかり忘れていて、電話がかかってきて、慌てて行く。
なんとか係がまわってきたが、それがどういう係なのか、具体的にいつ何をすればいいのか、まるでイメージがわかない、ので、いちいち聞いた。
遅れて行った私が、いちいち聞いたぶんだけ、終わるのが遅くなった。ので、なんとなくうしろめたい。ほかの人たちは、毎年の係の人が何やってるのか、自然に理解できてるんだろうか。ためらったりとまどったり、おびえたりしないんだろうか。
聞いてもまだ、私わかってないと思う。具体的に日程が動き出したらわかっていくのかな。
自分を、なんだか不良品のように感じながら、坂道歩いて帰った。

学校までと、集会所までと、きつい坂道を今日は2往復。

ロバもいないので、歩く。