世界の非情さを

「ある日、一冊の本を読んで、ぼくの全人生が変わってしまった。」
という書き出しで、はじまる本。

読みにくい小説なのだが、最初のうち何が書いてあるのかさっぱりわかんないんだが、読み進むうち胸が痛くなってくる。
昨日までの自分と同じでいられなくなったぼくは、新しい人生や天使を求めて長距離バスの旅に出て、妄想や事故や、恋や嫉妬に翻弄され、魂の同胞をさがし、と書くと、自分探しの旅のようなんだが、

「こうして次第に人生の心臓部にではなく、自分の貧しさの限界にだけたどりつくことが出来た不運な旅人は」
と容赦ない。

「自分になれないでいるんだ。何にもなれない。助けてくれ。ぼくを。」
という悲痛でありふれた声をあげて、
不運な旅人は、人殺しになる。人生を台無しにしてしまう。

「若くして人生を愛のために──わかったかな、読者よ。本のためにといわないくらいにはぼくは正気だ──台無しにしたから」

人は人生を台無しにする。人殺しにならなくったって、台無しにする。台無しにする。本のためか愛のためか、また別のことためにか、台無しにする。台無しにして、でもまだつづいているかもしれない人生を、なんとかして生きていかなければならないわけだ。

トルコの西洋化に抵抗する秘密組織も出てくる。子どもじみた小さな路地を、どこもかしこも同じような空間に変えてしまう植民地主義の暴力に、きっと私たちは芯まで慣らされて、理解できなくなっているのかもしれないと気づかされるのだが、押し寄せてくる西側の大陰謀に対する闘いと、テロリズムの萌芽。容赦なく奪われ失われていく小さなものへの愛惜の思い。

そしてこれはきっと、本というものについての物語だ。「ぼくの全人生」を変えた本が、ほかの人にとっては何でもなかったりする、本というものについての。

「読者よ、そう、だから、君よりもまったく敏感でないぼくをではなく、ぼくが語った物語の激しさを、ぼくの痛みをではなく世界の非情さを信じてくれ!」

いい本です。オルハン・パムク『新しい人生』

「ぼくの痛みをではなく世界の非情さを信じてくれ!」