洪水ちゃん

息子のクラスにひとりの女の子がいて、入学式の最初の日から、積極的に手をあげて発言していて、印象に残った。
「みんながとても緊張していて静かだったから、ほかの人が発言しやすいように、彼女は呼び水になろうとしたと思ったんだよ、ぼくはね」と息子は言った。「でも、呼び水じゃなくて、洪水だったんだ」。
ということで、わが家では彼女を「洪水ちゃん」と呼んでいる。

洪水ちゃんは連日ぶっとばしている、らしい。小学校の頃もお喋りを叱られたと言いながら、止まらない。
たぶん、洪水ちゃんは、黙っていたら息ができないのだ。
毎時間、少なくとも5回は挙手し、あてられなくても、喋りだしたりするので、最近は先生たちも「しっ」と口に手を当てて黙るように指示したり、その話はあとでね、とかわしたり、関係ない話はしない、といさめたりしている。しかし、洪水ちゃんのなかでは、「関係ない話」ではないのだ。
いろいろ楽しいので、今日の洪水ちゃんはどうだった? と思わず聞いてしまう。
これはきっと仲間だな、と思うわけですが、息子には言った。アスペルガー症候群もいろんなタイプがあるからね。でも本人が知っているかどうかわからないし、悩んでいるかいないかもわからないし、言ってもしも傷ついてもフォローができないから、黙っておきなさいね。

昨日の社会の時間に「大陸棚」という言葉を耳にした洪水ちゃんは、何度も「南海トラフは」と口をはさみ、その話はまた別のときに、と言われても、「海溝」という言葉を聞くとまた「南海トラフは」と口をはさんだ。
気持ちはわかる。でもその質問には誰も答えられないと思うよ。

とにかくそんなふうなので、息子程度の大人しいのが、どんなふうに存在していても全然問題ではなくて、息子はとにかく気楽らしい。それにどんなにぶっとんでいても、クラスメイトたちは基本まじめで賢い子たちなので、授業はさくさくすすむし、それも気持ちがいいらしく、学校が楽しい、と言う。
週末のオリエンテーション合宿も、楽しかったー、と帰ってきた。小学校のときの合宿で、つらくて過呼吸になったことが嘘のようだ。

「でも困ってることがあるんだ」と息子が言う。「人の顔が似ていて、覚えられない」。
それはわかる。似ていなくても、人の顔と名前を覚えるのは大変なのだが。
私は、息子の5年と6年の時の担任が、どちらも同じくらいの背たけで、同じように丸い女の先生だったので、どちらが過去で、どちらが今の先生か混乱して、なんかへんな挨拶をしてしまったことがある。
息子のクラスメイトたち、顔の印象が似ている。背たけとメガネが同じだと迷うと思う。「女子はもう見分けがつかない」と言う。髪も長いとくくらないといけないし、すると髪型まで一緒だし。
それは、しばらくしょうがないよ。見分けがつくようになるまで、名札を見ればいいよ。と言うと、「でも名札は、胸のところにあるんだよ」と言う。だから?
「女子のそんなところ、見れないよ」

洪水ちゃんは、一番最初に見分けがつくようになった女の子だ。