東京の雪

この数年、東京に行ったらいつも泊まっているカプセルなんだけど、そこに、40代か50代くらいの太り気味の白人のおばさんが、いつ行ってもいるのが、なんだかとても不思議だったんだけど、一年ぶりに行ったら、またいた。目をあわせたことも言葉を交わしたこともないんだけど、カプセルの共同スペースのいつもの場所に、いつものおばさんを見かけて、私はなんかすごーくほっとしたよ。きっと住んでいるんだな。どんな理由でか知らないけど。

Img_3476_2 東京のお土産は、スカイツリーの写真がいい、と子どもが言うので、2月29日、最後の日に撮りにゆくことにした。したが、目が覚めたら、雪。
雪。雪。雪。
川まで出たらきれいに見えるよ、って聞いていたので、川まで行ってみたが、見えんっ。
 


それで、地下鉄乗って、乗り換えて、電車に乗って、また地下鉄乗って、かれこれ1時間かけて、靴をぬらして歩いて、たどりついた。スカイツリーのふもと。で、見上げたが、ああ、やっぱり見えんっ。Img_3481_3 


雪のなか、びちゃびちゃ歩きながら、靴に穴が開いてなくてよかったと、思った。だいたい、こんなふうな日に、あんまり足が冷たくて、耐えられなくて、靴買っていたんだなあって、思い出したなあ。夏の間は、気づかないふりして、やりすごしているんだけども。
それでもすこししみて、冷たかった。

  靴に穴があいてることを思い出す冬の雨泣きたいほど冷たい

2・26事件の朝も、こんなふうに雪降っていたのかしらと、唐突に思った。昔となりに住んでいたおじさんが(去年かな、老人ホームに入所した、と聞いた)日本はテロリズムの国だと、言っていて、それをきいたとき、不思議な感じがしたんだけど、昭和のはじめの景色を、それから敗戦にいたるまでを見てきた人には、そう見えるのかもしれないと思ったけど、もしかしたら、今も変わらずにそうかもしれない。
ほんとうのところ、百年かわっていないかもしれない。
南京虐殺はなかったとか、どっかの市長が言ってるって聞いたら、おじさん、激怒するだろうなあ。まだ新聞は読めるんだろうか、もう読めないだろうか。

  濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らず 斎藤史
                (昭和15年『魚歌』)

錦糸町あたり、雪のにおいに混ざっているのは、血のにおいでなく、ホームレスのお爺さんの臭いのようでしたが。



夜行バスで、無事帰り着いたけど、バスにゆられながら、なんかもうボロボロの荷物のような気分だったな。この寄る辺ない感じが、わりと好きだったりはします。もといた場所にもどるみたいで。

友人のみなさまには、ごはんとか、ビールとかコーヒー紅茶とか、ケーキとか、あの、本当にいろいろとありがとうございました。あれこれの楽しい話も。