緊急アピール

  緊急アピール

人を傷つけることにためらいを覚えない粗暴な物言いが、この国に横行しようとしています。先日ある自治体の首長が、朝鮮高級学校を授業料の無償化から除外すべきだという意見を開陳し、「暴力団が関係している企業は入札排除しているし、関係企業に補助金を打つことはない。単純な話だ」と低劣きわまるたとえ話で語った例など、その好個の見本でしょう。しかし俗受けを狙ったこの浅薄な発言を愚劣の一言で片づけてしまえないのは、こうした言説が、出口の見えない閉塞感のもとで国民の一部に根を下ろしつつある狭隘で排他的なナショナリズムを煽り、それが一定以上の政治的効果を持ってしまう点にあります。高校の授業料無償化の対象に朝鮮高級学校を含めるかどうかの審議が、今週中にも始まろうとしていますが、先ほどの首長の発言は強硬で差別的な世論を誘導するものであり、けっして看過できません。

北朝鮮には経済制裁を施している」「教育内容が必ずしも見えてこない」「国交がない」「反日教育をおこなっている」等等、朝鮮高級学校を除外しようとしている人たちの理由は多岐に亘っていますが、拉致の責任が無論学校や生徒にあるわけではないし、どういう教育がなされているのかを知るためには自分で足を運べばよいのです。どれを取っても論拠たりえないのは明白ですが、これらの理屈に共通していることは、歴史的想像力の驚くほどの欠如です。

 今年は大日本帝国大韓帝国に併合条約を強いて、百年目にあたります。三十六年間の植民地支配で朝鮮半島の人々がなめた辛酸と、強制連行を含め日本に渡ってきた在日の一世二世たちが味わった迫害と差別に思いを致すなら、二度と同じ過ちを繰り返してはなりません。日本はかつて朝鮮の人たち、とりわけ在日の人たちから言葉を奪いました。その回復は民族の尊厳のための当然の権利であり、私たちは朝鮮学校の存在と教育活動にあらためて敬意を払うべきです。にもかかわらず朝鮮高級学校を日本の社会に馴染まない特殊なものと看做し、授業料無償化の対象から外すことは、民族差別を呼び覚まし助長する結果をもたらすでしょう。

 私たち詩人が紡ごうとする言葉は、読者という他者とのあいだに、創造的な関係の構築をめざして模索される言葉です。そして詩の営みが豊饒な稔りを結ぶためには、さまざまな価値観や歴史観を背負った人々がお互いの存在を認め共に生きる、真に成熟した共生社会を必要とします。民族差別はそのことに逆行し、この国の言葉を、文化を、貧しいものにするでしょう。それは詩を書いている私たちだけでなく、広く表現にかかわる人々の願うところではありません。

 政策決定にあずかる方々に強く要望します。

 授業料無償化の対象から朝鮮高級学校を除外するという間違った選択を取らないでください。それはこの学校で学ぶ若者たちの希望を、ひいては未来を引き裂くかも知れない残酷な仕打ちです。彼らは日本社会の一員であり、この国の文化の重要な担い手でもあることを忘れないでください。

                          

         2010年3月7日

  授業料無償化の対象から朝鮮高級学校を除外することに反対する詩人たち有志


             代表:河津聖恵  事務局担当:寺岡良信
*転載歓迎です。事務局へのメッセージはこちらへ。
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2010/03/post-9b3f.html