花を奉る

花を奉る 石牟礼道子の世界

http://www.veoh.com/watch/v28655760S5x9b5Xg

花を奉る  石牟礼道子      

春風萌(きざ)すといえども われら人類の劫塵(ごう)いまや累(かさ)なりて 
三界いわん方なく昏(くら)し まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに 
なにに誘(いざ)なわるるにや 虚空はるかに一連の花 まさに咲(ひら)かんとするを聴く
ひとひらの花弁 彼方(かなた)に身じろぐを まぼろしの如(ごと)くに視(み)れば 
常世(とこよ)なる仄明(ほのあか)りを 花その懐に抱けり 
常世の仄明りとは 暁の蓮沼に揺るる蕾(つぼみ)の如くにして 
われら世々の悲願をあらわせり 
かの一輪を拝受して寄辺(よるべ)なき今日の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの涙のしずくに洗われて咲き出づるなり 
花やまた何 亡き人を偲(しの)ぶよすがを探さんとするに 声に出せぬ胸底の想いあり
そを取りて花となし み灯りにせんとや願う 灯らんとして消ゆる言の葉といえども 
いずれ冥途(めいど)の風の中にて おのおのひとりゆくときの花あかりなるを
この世を有縁(えにし)といい 無縁ともいう その境界にありて ただ夢のごとくなるも花 
かえりみれば 目裏(まなうら)にあるものの御形(おんかたち) かりそめの御姿なれども
おろそかならず ゆえにわれら この空しきを礼拝す 然(しか)して空しとは云(い)わず
現世はいよいよ地獄とや云わん 虚無とや云わん ただ滅亡の世迫るを待つのみか
こゝに於いて われらなお 地上にひらく一輪の花の力を念じて合掌す