花に嵐の


 昨夜来の風雨で、向かいの桜もあらかた散った。「花に嵐のたとえもあるぞ/サヨナラだけが人生だ」と井伏鱒二の訳詞を思い出したりする。

コノサカヅキヲ受ケテクレ 
ドウゾナミナミツガシテオクレ 
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
    井伏鱒二訳 (『厄除け詩集』より

原文は于武陵の「勸酒」。

勸君金屈卮
滿酌不須辭
花發多風雨
人生足別離

 井伏鱒二の名前を最初に知ったのはたぶん、教科書に載っていた「山椒魚」の作者として。それから学生の頃、『黒い雨』を読んだ。でも、もっとも井伏鱒二の文章に親しんだのは、『ドリトル先生』だと思う。小学生のとき、夢中で読んだ。市立図書館で借りて読んだ。一冊読み終えて次の本を借りに行くときの、胸の弾みをおぼえている。もちろん訳者の名前など、その頃は知らない。