空ゆく雲の

 雲のかたちが変わってきた。もう夏の雲ではない。風にのって流れていく。
 「あまり言葉のかけたさに あれ見さいなう 空行く雲の速さよ」(閑吟集)
 
 高校生のころ、梁塵秘抄閑吟集が好きで、世阿彌の謡曲も好きで(それは山崎正和の戯曲「世阿彌」の影響だったけれど)、放課後の図書室で読みふけった。私は大学に行ったら、そういうことを勉強するんだ、と思っていたのに、そして国文専攻だからもちろんそういうことを勉強してかまわなかったのに、実際は国文の研究室には近寄りもしなかった。講義には出ず、単位は落としっぱなし、数年のちには、高校で身に付けた古文の知識もなくしていて、源氏物語も読めなくなっていた。
 大学で身に付けたものといったら、キャベツの千切りぐらいである。これはアルバイトのおかげ。
 
 梁塵秘抄閑吟集の歌を思い出すと、高校の図書室を思い出す。校舎の4階の端っこにあったあの図書室は、思えばいろんなところに通じていた。
 
 「君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬと せしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は」(梁塵秘抄)
 おもての草っぱらで鳴いているのは秋の虫。深夜を過ぎてもにぎやか。