月より遠い広島に

アメリカの大統領を乗せたヘリコプターが、空港に降り立つのを、テレビで見ていた。ふと、アポロの月着陸を思った。月着陸は1969年。いまは2016年。アメリカの大統領が広島に着陸するのには、人類が月に着陸するより時間がかかった。月より遠い広島だったのか。

すこし警戒しながら聞いた。どこでどうはぐらかされないとも限らないと思って。でも、いいスピーチだった。

That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。

道義的覚醒、という言葉に打たれた。ここには被爆者への尊敬がある。
大統領と被爆者の語らいは、立場の違いを越えて、同志の語らいのように見えた。被爆者が、ともに核兵器のない世界を目指す同志として、大統領を受け容れた、と見えた。実際、坪井直さんは、「ノーベル平和賞を取ったのだから、遊んどったらダメですよ」と語っていたらしい。もうひとりの被爆者の森重昭さんは、原爆で亡くなった元米兵捕虜の研究や追悼を続けてきた方だ。

傷ついた人が、励ます人になるという奇跡に、私は広島で何度も出会ってきたと思う。被爆者の方たちこそ、月より遠い、内なる旅をしてきたのだ。被爆後の長い年月を歩みとおした被爆者の勇気がひらいた、道義的覚醒の可能性、なのだと思う。

在韓被爆者が、謝罪と賠償を求めて広島に来たという記事を見た。謝罪と賠償を求めるという文法は、当然だと思う。それは不幸の率直な声だ。ただ、そのような文法の通じない現実のなかで、それは痛ましくも見える。たとえ謝罪や賠償が得られても、それが癒しや幸福につながるとも思えないからでもある。
日本の被爆者よりも、はるかに過酷な環境に置かれ、幾重にも差別されてきた人たちがいることに思いをいたさなければ。不幸を軽蔑するのは恥ずかしいことなのに、恥ずかしい言説があふれていて、いたたまれない。

「何年かしたら、今日のことは、歴史の教科書に載るね」と息子が言った。5月27日。かつてこの地に原爆を落とした国の大統領がやってきて、核兵器のない世界を目指すと言った。月より遠い広島で。