家族の手紙

2000年にゴミ山が崩れて麓の集落を呑み込んだ事故のとき、日本だったらこんなことはないよな、と思ったんだった。何人埋まってるかわからないなんて。犠牲者の数も名前もわからないなんて。でもわからないのだ。出生証明も住民票もないんだから。子どもたち、この世に存在していた、という痕跡もなんにも残さないで、ゴミの海に消えてしまった。家族も親戚も一緒に犠牲になっていたら、記憶さえ、してもらえない。それがほんとにせつなく思えた。

日本ではこんなことないよな、と思ったことが、日本で起こってる。役場が消えてしまったってことは戸籍も消えてしまっただろう。家族の誰かが生きていたら行方不明者になれるけれど、家族がみんな犠牲になっていたら、家族みんな、死者にも行方不明者にもなれない。この世にいたということもわからない。



何日前か、中国から被災地に研修に来ている女の子の家族が、中国で娘の安否を気遣って、お母さんが泣いている映像を見た。幸い娘は無事だとわかったんだけれど、お母さんが、娘の手紙を大事にもっていたのが、心に残った。家族の手紙。

昔、母から2通手紙をもらった。大学に入ってすぐの頃。私も何か返事書いたのかな。そのあとすぐに、母は死んで、家族からの手紙というものと私は縁がなくなった。
もともと、自分のことで家族を煩わせるのはいやだと思うような子どもだったんだけれども、母が死んだあとは、残りは、それぞれみんなどこかで勝手に生きて、そのうち死んでいくんだろうと、いちいち気にかけたりしなかったもん。

家族、がどういうものかを、思い出すのは、意外に難しいことだったりする。いま自分も、なんとか家族をつくっているんだけれども。いまだに、ものすごくおぼつかない感じがする。何か欠落を抱えたまま、生きてる気がする。あんまりまともな母さんじゃないと思うんだよな。ごめんな。

家族。



原子力資料情報室の解説
http://www.ustream.tv/channel/cnic-news

原発の基本的な話もあり。大学の講義みたいで勉強になります。
核燃料を冷やすのに何年もかかるとか、原子炉を「石棺」で固めても、原子炉内に完全に閉じ込めることは出来ずに漏れ続けるとか、原発の設計は、安全性を軽んじて設計されているとか。放射線放射性物質放射能の意味や、放射性ヨウ素セシウム137、プルトニウムストロンチウム半減期や、人体や、野菜や家畜への影響についての話など。
こういう状況下でなければ、聴くこともないと思うけど、こういう状況下で聴くのはこわいです。

こんなにしんどくなってきたら、ゲームならスイッチきりますが、それでも、やめるとか、あきらめるとか、ゆるされないのが、現実の残酷さであり、尊さなんだと思います。