火星接近


 あれはどんなレコードだったのだろう。最初の家には小さなレコードプレーヤーがあったが、まだ自分で操作できない頃のこと、「火星人のレコード」と呼んでいたレコードを、毎日のように「これかけて」とねだって、かけてもらっていた。レコードのジャケットは、タコかクラゲのような火星人の絵で、レコードがまわりだすと、火星人がとても変わったゆれるような声でしゃべりだすのだった。
 火星人が何を話していたのかわからない。きっと、私の相手をするのが面倒だったのだ、父が「火星人の言うことがわかるわけないやろう」と言った。それで、そんなものか、と納得し、内容を聞き取れるとは思いもしなくなったのだろう。
 それでも、不思議なゆれるような声で話しかけてくる火星人は、4歳の頃の私の友だちだった。「またこれ聞くんか」とあきれられても、聞かないわけにいかなかった。もし私が聞くのを忘れたら、火星人がさびしがる、と思っていたのだ。

 火星接近、とか。ニュースで言っていたのを思い出して夜空を見たが、あいにく曇り。そういえば2年前、子どもが生まれる頃も、火星大接近のニュースだった。

   火星赤く われは胎児をふとらせる闇を抱えた古代の埴輪 (野樹かずみ)

 出産3日前くらいの歌。とても久しぶりに、何年ぶりかに短歌を書いたのだった。