竜馬先生の好きな魚


 小学校の頃、よく道の脇の木の上にのぼって、下の道をとおる人を見ていた。魚売りの行商がとおったとき「おばさあん」と呼んだら、おばさんは、どこから声が聞こえてくるのかわからなくて、きょろきょろしていた。
 「おばさんは、きれいな服もってるの」と失礼な質問をしたこともあったのだ。行商のときの格好しか見ていないから。「家にはたんとあるよ」とおばさんは笑って答えた。
 いつだったか魚を買ったとき、「ああ、それは竜馬先生の好きな魚だ」と言うので、びっくりしたことがある。竜馬先生というのはもちろん、土佐の坂本竜馬のことで、私たちが暮らしていたのは竜馬が脱藩したときに立ち寄った土地でもあるから、無縁というわけではないが、それにしても。100年という歳月もなかったもののように、とても身近な人の話題のように、おばさんは言ったのだった。「それは竜馬先生の好きな魚だ」
 魚の名前などなんにも知らなかったので、竜馬先生の好きな魚を私も食べたはずだが、それが何の魚だったのかわからないのが残念だ。

 いい天気。山の紅葉がとてもきれいなので、買い物に出かけるのも、なんとなく楽しい。