火鉢のころ


   まだ火鉢を使っていた頃だった。
 その病院の待合室は畳の部屋で、火鉢のまわりを年寄りたちが囲んでいた。家族のかかりつけの病院だった。年寄りの (といっても、子どもの目に、たいていの大人は年寄りに見える) 医者さんの自慢は「坂本竜馬もこの病院に来たことがある」ということだった。古くからある病院だったらしい。

 その病院の斜め向かいくらいに、かき氷やトコロテンのお店があった。鉄板もあったはずだから、ほかのものも出していたはずだが、記憶しているのは夏のかき氷。赤や黄色のシロップをかけた上に、白い粉砂糖をかけてくれる。その粉砂糖のさらさらしたのが、とてもきれいで、いいものに思えていた。
 あの頃は、かき氷ではないふつうの氷を売る店もあって、トラックで運んできた大きな四角い氷を、のこぎりでぎーこぎーこひいているのを、よく見かけた。

   5歳くらいまでを暮らした土地の記憶は、ぼんやりと、でも妙な細部はくっきりと、記憶にあるが、でも現実にはすでにもう、私の記憶にある光景は存在しないのだ。火鉢がないのと同じように。

 暖房の要る季節になった。去年まで、もう20年くらい昔の型の石油ストーブを使っていたが、今年はもう使わないつもり。たぶんこんなふうに、ひとつひとつの時代は終わっていくんだろう。