台風のあと

 一昨日昨日と雨。そんなにたいした雨でもなかったけれど、台風の雨の気配だった。
 子どもの頃、台風が来るとどきどきした。台風が近づいてくる甘い重たい風。父は窓硝子(サッシなどではない、風が吹けばびりびり震える薄い硝子)にベニヤ板やトタンを打ち付けて台風に備えた。昼間なのに薄暗い家で、外の暴風雨に耳傾けた。
 1度床上浸水でひどい目にあったが、たいていは少しの床下浸水ぐらいですみ、それでも雨漏りはしたから、テレビは何度も駄目になった。台風が来ると、それから1年か2年ぐらいはテレビがなかったりした。
 台風が過ぎていったあとが、楽しみだった。外に出ると何かが変わっている。何が、とはっきりわからないのだけれど、何かが。
 はっきりわかることもあった。家の前の溝は増水して、いろんなものが流れてきた。鯉はよく流れてきた。どこかのお金持ちの家の池にいたような大きな赤や黄色の鯉。スイデで掬いあげたが、いつも死んでいた。
 それで台風の後には、鯉の墓をつくった。庭や空き地の片隅に、鯉を埋めて、石できれいに飾り付けて、夜はその墓の前で、お弔いの花火をした。
 
 「やーい、おまえんち、おっぱけやっしきっ」と、子どもが口に手をあてて叫んで、それから大急ぎで逃げていくのは、トトロの場面をやっているのだが、でもちびさん、このあたりで一番おばけやしきっぽいのは、きみんちだと思うよ。雑草と蔦と蜘蛛の巣だらけの庭といい、踏むときしんで微妙にしずむ廊下といい、ビー玉がころがる家の傾き具合といい、やっぱり、きみんちだと思うよ。
 それでもっておばけやしきの子どもは、自分の顔にあれこれのシールを「ぺったんぺったん」貼って、パパのシャツやバスタオルを頭にまきつけて、「おばけー」に変身するのだった。