彼岸花

 庭に赤とんぼがきている。足もとを、尻尾の青いとかげが走っていく。金木犀の香が漂っている。きれいな秋の季節になった。今日はほんとうにきれいな秋晴れ。
 
 田んぼの畦には彼岸花が咲いている。この花の赤さは、なんというか、鬼気迫る。たちまち思い出すのは寺山修司の短歌。
 
濁流に捨て来し燃ゆる曼珠沙華あかきを何の生贄とせむ (寺山修司)
 
 ある年の9月に、まだ東京にいた頃だ、がらんどうの、空虚な心をもてあましていたようなときに、都会の公園の芝生の片隅に、思いがけないところに、数本の彼岸花が咲いていた。こんなむなしさのなかでも、こんな異形の姿でも、花は咲くのかと、つくづくながめたことなど思い出す。東京にいた何年もの間に、たった一度だけ見た彼岸花だった。
 
曼珠沙華のするどき象(かたち)夢に見しうちくだかれて秋ゆきぬべき (坪野哲久)