ある見解

発達障害の子どもにとって生きやすい環境は、他の子どもにとってもいい環境のはずだし、発達障害の子どもに、有効なこと、学習方法でも何でも、は、他の子どもにとっても有効なはず、だから、発達障害と診断されたことで、医師からアドバイスがもらえたり、親や教師の関わり方がどうあればいいかを知っていけるのは、すごくラッキーなことだ。たいていの子どもが、よく育つも育たないも、ほとんど偶然にまかされているのにくらべて、何かしら指針をもてるというのはそれだけでもラッキーなことだよ。ついでにさらにラッキーなのは、ママがアスペルガーだから、ママからみれば、りくはとても立派だから、自分の子どもがすてきな奴に見えるので(それはもちろんそうだ)だからママは悩まないんだと思うよ。」

というのが、パパの見解。でもこの話のはじまりは、パパが「ママのアスペルガー」ぶりに怒ったことからだったんだが、なにを怒っていたのか、思い出せん。舞台は台所だったが。たいてい舞台は台所なんだが。台所、きらい。


こないだ死んだ兄やんが生きかえる夢を見た。病院で死んでいる兄やんのところに行ったら、兄やん目をあけて「おまえ、来てくれたの」とはにかんだみたいに笑った。やっぱりまだ生きているほうがいいよ、死ぬのはまだ、母さんだけでいいんだよ、とか言いながら、ものすごーくうれしかったのに、目が覚めたら生きかえったことのほうが夢だった。ああ、残念。