また叩かれたらしい

帰ってきた子どものポケットのティッシュが、くしゃくしゃになっている。
ということは泣いたのか。泣いたんだな。久しぶりだけど。
さて、ひとつひとつ聞かにゃあならん。

──泣いたの?
うなずく。
──叩かれたの?
うなずく。
──誰に叩かれたの?
……。沈黙。
──出席番号は?
黙って人差し指を立てる。
──1番ですね。
うなずく。
──前にお隣の席だったAくんだね。
うなずく。
──どこを叩かれたの。
「こことこことここ」(頭とほっぺたと胸)
──3回も。いつ叩かれたの。
「トイレ休憩のとき」
──トイレで?
「ううん、トイレでは、背なかを押された。ぼく、ころびそうになったけど、ころばなかった。叩かれたのは、そのあと、教室で」
──背中も押されたの。それで、どうして叩かれたの?
「わかんない」
──どんなことをしてたの?
「傘にぼくの名前が書いてあるのに、Aくんはちがう名前をいったりするんだ」
──それは、いじわるされてるのかな。
首をかしげる。それからうなずく。そう言われればそうかも、といった感じか。
──それで叩かれたの?
「わかんない」
──席替えしたあとでも、いままでに叩かれたことある?
首をふる。
──席替えしたあとは、はじめて?
うなずく。
──叩くのはAくんだけ?
うなずく。

──先生に言った?
首をふる。
──じゃあ、おかあさんが言う。連絡帳に書くよ。
「あ、いや、それはやめて」と泣きそう。
──先生に言わないのならどうしようか。Aくんのおかあさんに言おうか。
「あ、あ、あ、それもやめて」ともっと泣きそう。

なぜ叩かれるかわかんないってことは、自分が悪いか悪くないかもわかんないってことなんだろうな。自分の正当性がわからない。だから言えない。
ということは、叩いたほうは、どんな理由があっても、叩いたというだけで悪いのだということを、なんとか納得させなればならないわけだ。
というようなことを考える。

──じゃあ、どうしようか。警察に言おうか。それでAくんをつかまえてもらおうか。人を叩くということは、絶対にいけないことだから、こういうことは誰かに言わないといけないんだよ。

というようなやりとりのすえ、Aくんをつかまえて、警察に突き出すよりは、先生に密告するほうがまだまし、と納得したらしく、私が連絡帳に書くのを、しょうがないとあきらめた。ので書いた。

明日、1学期最後の日。2学期になってもつづくようだったら、親のところに行くぞ。席が隣だった5月以来、うちの小さいのを叩く癖がぬけないみたいだから。

「ぼく1番の子に近づかないようにする。席も遠回りするようにする」
そうしてください。

叩かれたことを、自分からは決して言おうとしない。今はティッシュの残骸をポケットにつっこんだままだから、探偵は、探り出すことができるけど、そのうち、捨てて帰るような知恵がついたら、わかんないままになるんじゃないか、と心配。