掃除の先生


 掃除は嫌い。真面目にやりはじめると、わずかの埃が腹立たしいし、手を抜いたら、掃除機と化した子どもが、服にも髪にも埃をつけて立っている。
 主婦に課せられた、家のなかの埃との、終わりのない絶望的な闘いについて書いていたのは、ヴァージニア・ウルフだったと思う。記憶はあんまりさだかでないが。

   ウルフはその生涯を自殺で終えた。
 (ウルフの自殺について、精神分析家のアリス・ミラーは、その著書で、幼児期の性的虐待の精神的外傷を論じている。『禁じられた知 精神分析と子どもの真実』新曜社)

 東京にいた頃、児童館や学童保育でアルバイトしていた。学童保育の一年生にダウン症の女の子がいて、掃除が大好きだった。掃除当番をいやがったり、すこしでも余分な仕事をするのは損だ、と言いたげな子どもたちのなかで、当番でない日も率先して箒を取りに行く彼女の姿は際立っていた。
 小さな体で、大きな箒を抱えて、上手に掃けるわけではないが、一生懸命で、うれしそうだった。いまも、箒を手にする度、彼女の姿を思い出す。私の、永遠の、掃除の先生だ。