『魂の城 カフカ解読』 


 『魂の城 カフカ解読』 (残雪(ツァンシュエ)著 近藤直子訳 平凡社) という本を読みはじめた。読み始めて数ページ目で、次のような文章に出会う。

 「ひとりこの世にやってきた者は、精神的な「孤児」の段階を経なければ、成長、成熟して自己の世界を発展させることは永遠にできず、寄生虫にしかなれない。精神のこの独立運動は危険と苦痛に満ち、非常に恐ろしいものでさえある。それまで持っていた一切のものは強奪され、残るのは満身の創痍とふり返るに堪えない記憶だけである。このすべてを経験する勇気のある者は生き延びるだろう。だが、いかなるかたちの救いも期待してはならない。」

 直球である。心臓がふるえてくる。それは、私が「ふり返るに堪えない記憶」を抱えて在ることを、愚かさとか恥としてでなく、むろん愚かさであり恥であり無惨でさえありつつも、心の深くでは、その愚かさを生きない自分などあり得ない、そのような必然として悔いのなさとして納得しているという、そのあたりの心に響いてくる。
 容赦ない正確な表現が、そのまま、あたたかさであるような批評の言葉。こういう言葉があるというだけで、生きることがすこし嬉しくなる。