アンナ・ポリトコフスカヤの死

 ニュースは衝撃だった。ロシアの女性ジャーナリストが殺された。アンナ・ポリトコフスカヤ。名前に見覚えがある。まさか、と思って確認したら、やはりそうだった。
 『チェチェンやめられない戦争』(三浦みどり訳 NHK出版)の著者。あの本は、読みながら何度も震えがきた。戦争の写真、破壊された町や傷ついた人の写真を目にすることはある。むろん写真も何かを伝える。でもそこで何が起こっているか、人々がどのように恐れ脅かされているかを、彼らの傍らにいて聞き取ること伝えること、戦争の背景にどんな事情があり、腐敗があるのか、そういったことは、文章でなければできない仕事だ。戦争に正義なんかないこと、あるのは、欲と腐敗と卑劣と恐怖と哀しみと絶望であるということを、こんなにあからさまに率直に書く人がいるのだという、その勇気に心打たれた。しかもそれが女性だということ。地獄のような現場を歩いたのが。
 「私以外にここで起きていることを語る人はいない」という彼女の言葉が本の帯にある。知らなければならないことであり、知らせなければならないことだから書かれた本だということが、胸が痛くなるほど伝わってきた。
 
 <アンナ・ポリトコフスカヤ。ロシア人ジャーナリスト。1980年、国立モスクワ大学ジャーナリズム学科卒業。モスクワの新聞のノーヴァヤ・ガゼータ評論員。1999年夏以来、チェチェンに通い、戦地の住民の声を伝える記事を書く。その活動に対してロシア連邦ジャーナリスト同盟から「ロシア黄金のペン賞(2000)」「黄金の銅鑼賞(2000)」、アムネスティ・インターナショナル英国支部から「世界人権報道賞(2001)」、フランス語版『チェチェン─ロシアの恥辱』(ロシアでは未刊行。未邦訳)に対しては、国際ルポルタージュ文学賞ユリシーズ賞(2003)」を受けている。2002年、モスクワの劇場占拠事件では、武装グループから仲介役を指名され、交渉にあたった。>
 本に記されたプロフィールの後に、書き加えた。「2006年10月7日 モスクワ市内の自宅アパートで射殺体となってみつかる。48歳。」
 
 戦争を続けたい人たちにとっては、都合の悪い存在だったに違いない。ニュースで、彼女の写真をはじめて見た。年齢もはじめて知った。48歳。若すぎる。
 彼女が殺されたことは、この世界がどんなに卑劣かを、また思い知らせてくれるようなことだが、暗殺は、彼女にとっての悲劇である以上に、チェチェンとロシアにとっての悲劇だろう。
 
 アンナ・ポリトコフスカヤについて。
 http://chechennews.org/anna/