誰がアンナを狙ったのか

 「誰がアンナを狙ったのか ~ロシア 報道記者暗殺の真相~」という番組を見た。昨日の深夜、BS世界のドキュメンタリー
 去年の10月、ロシアのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤが暗殺された。彼女が所属していた独立系の新聞「ノーバヤ・ガゼータ」紙は独自の調査をはじめ、暗殺される5ヶ月前にポリトコフスカヤ記者が書いた記事が命取りになったと結論づける。その記事は「チェチェンの最高実力者カディーロフが建設事業と称して市民から金を巻き上げ自らの懐に入れている」と不正を暴いていた。チェチェンの最高実力者カディーロフはプーチン大統領とは親密な関係にあり、07年4月、チェチェン大統領に就任。取材班は、チェチェン元副首相のガンタミーロフから「ポリトコフスカヤ記者が自分同様、カディーロフの暗殺リストに載っていた」との証言を得る。……という内容。彼女は権力に殺されたのだ。
 
 アンナ・ポリトコフスカヤの「チェチェン やめられない戦争」(NHK出版)は凄い本だった。戦慄して読んだ。彼女が殺されたとき、まだ40代の若さだったんだと、驚いた。
 番組で、市民のひとりが「信じられるのはアンナだけ」と言っていたのが印象的だった。
 昔、ペレストロイカ(改革)や、グラスノスチ(情報公開)という言葉が、この国から届いてきたことがあった。美しい希望のように、その言葉は届いたのだ。昔、といっても、そんなに昔のことではないはずなのに。いつのまに、ジャーナリストが殺される国になったのだろう。
 
 「……グラスノスチも死語となる朝」
というフレーズを思い出し、気になって探した。10年以上前にもらった詩歌の冊子のなかにあった。
 
 爪たてて窓の氷をかき寄せるグラスノスチも死語となる朝
      蝦名泰洋「マテウスの始発駅」(会報ベルヴァーグ2 1995年3月発行)
 
 おみやげに壁のかけらが売られおりカナンと聞きて来たる街角
 もういいよやめてもいいよこわされた壁のかけらを積みあげる子よ
 夜を重ね価値を失うマルク貨に綿雪ふれば裸の少女
 おそらくは同じ街並み同じ歌けれどアリスはどこに消えたの
 もう二度と会うことはないそれだけの通行人を演じ終りぬ
 喧騒に熱した瞳冷やすべく真夜中過ぎのスピカを探す
 幼き日パンを分け合いたることもありしがトルコ人を今日刺す
 信号の青に流れる曲ながら雨の中にてシュトラウス冷ゆ
 初めての東ベルリンやさしければ憎まれる子よ雨が冷たい
 砲身に休める蜂も出立す東独逸に東はありや
              蝦名泰洋「マテウスの始発駅」
 
 そういえば、東京で、とてもつらい気持ちでいたころに届いた冊子だったと思い出したりする。東京にいたくない、でもほかに行くところも帰るところもない、といった気持のころ。「東ベルリン」「東独逸」という言葉が、「東京」に見えて胸が痛かった。