夏の花

夜、外に出ると、道路をへだてた向かいの森でがさがさ音がする。
いのしし。ここんとこ、夜、外に出る度に音がする。
柵を越えてこないだろうが、びっくりする。ややこわい。
向こうもこわいかもしれないが。

坂を下りると、田圃は緑、稲穂のいいにおいがする。たくさんのとんぼが飛んでいる。においにつられて、いのしし降りてくるのかな。山に食べ物がないのか。

数日前だ、パパは町内会の役員さんたちと夜間パトロールに出かけた。山道のあたりで、タヌキはあたりまえとして、クマが出るとかマムシが出るとか、言っていたら、ひとりのおばさんが、昔ここで死体を見たのよ、と震えるような話をはじめた。身元不明死体だったらしいのだが、そりゃこわかったろう。

午前中、わりと涼しかったので、庭の手入れをする。
夏の庭は、ジャングルである。冬になったら枯れるのだから放っておいてもいいや、とも思うのだが、門から玄関までの通り道くらいは確保しないといけない。客人が蜘蛛の巣に顔をつっこむことになるのもかわいそうだし。しつこい訪問販売さんたちには、蜘蛛の巣を見て空家と思ってほしいが。
水やりもさぼりまくりだったので、この夏はずいぶん枯らした。鉢植えは全滅。なのに、干からびた鉢のなかで元気な雑草さんたち。
とりあえず、通路だけは、確保。
疲れた。

夏の花。

原民喜の小説『夏の花』に、被爆のあと、郊外へ逃げてゆくとき、焼けただれ、廃墟となった街の外に、青々した田圃がひろがり、とんぼが飛んでいるのを見るというくだりがあったのを、思い出す。
現実の悲惨と永遠のみどり。
その狭間に立ちつづけた人だったろう、と思う。

  地は稲穂の匂いにみちて永遠の破片のようなアキアカネ飛ぶ