雨。早朝雷雨。
町内会の大掃除は延期。

リービ英雄「延安」読む。
革命の聖地を、革命が終わったあとに訪ねる、ということ。
革命の聖地が、建国の聖地、と言われるようになり、革命歌が、その歌詞をとどめながらも、浪花節になってゆく。
村人にとって、革命の記憶は、たとえば、かつて訪れた西欧のサヨクのジャーナリストにとってもらった一枚の家族写真である、ということ。

共産主義か否か、革命を支持するかしないか、ということではなかったろう、と思う。飢えずにすむか、飯が食えるか、切実なのは、そのことだったろう。

暴力にひきずりまわされるように、貧困にひきずりまわされている、長い長い人類の歴史があるわけだ。貧困、が理解できなくなると、歴史、も、人間、も、理解できなくなるんじゃないだろうか。

というようなことを、思った。


ブルートレインさくら号の本を借りてきたのに、さくら号がもう走っていないと知って、傷心のちびさん、電車の絵をかきまくっていた。
ブルートレインたまま号、とか。電車の模様の服を着たぼく、とか。線路の切り替えのいろいろ、とか。
上手だなあ。好きなことを存分にすればいいよ。道は開けると思うよ。