勤労感謝の日

「ママ、22にちのどようびはなんのひ?」ときいてくる。
ただの土曜日と思いますが…。
「センターまつりなのよ」と言う。
センターまつり?
療育センターでお祭りがあるんだと言い張る。そんな話、まったく知らない。もしかしたら、障害者のデイケアがあるので、そこに通う人たちのお祭りだろうか。あ、もしかしたら、診察で療育センターに行ったとき、画用紙のポスターが、エレベーターに貼ってあったような気もする。
お祭りはあるんだと言い張るので、音楽教室のあと、行ってみることにした。ちびさんの記憶が正しかった。さすが。
ちびさん、作品展示の、自動車の模型のところから動かない。ずーっと見入っている。スタッフさんたちの話によると、これをつくった青年は、ほとんど記憶だけをたよりに、紙から模型をつくりあげてしまう能力の持ち主らしい。ほんとうに細かいところまで精巧にできていてびっくりする。「ぼくも、つくりたいなあ」とちびさん。

「ママ、きょうはなんのひ」と朝からちびさんが言う。
ただの日曜日と思いますが。
「きょうは、きんろうかんしゃのひ。だからあしたはふりかえきゅうじつ」立派なスケジュール管理だ。
あ。ということは、今日は私の母さんの命日ではないか。27回目の。忘れるところだった。

一緒に生きていた時間よりも、死んでからの時間のほうがずーっと長い。そのことがいつもとても不思議な気がする。自分が生まれるより、ずーっと昔に死んでいるおばあちゃんのことについて、子どもに何を言えばいいだろうかと思う。
考えてみれば、親のことも祖父母のことも、私たちだって、ほとんど知らないままだ。生きてる間は、あれこれ聞く気になれず、死んだあとは聞きたくても聞けない。

お墓参りに行くには、遠すぎるし、何をしようか。ケーキ買ってこようか。何かちがうか。花を飾ろうか。でもどこに。花瓶が割れるのが目に浮かぶよう。うどん食べに行こうか。とくに心配事のない、なんでもない日に、母さんとうどんを食べに行くということを、私はしてみたかったな。

パアララン・パンタオのブログ「バスケットコート」UP
http://paaralang.cocolog-nifty.com/blog/