旅の衣

春。
無事に大学受かったので、子どもは家を出ていくことになった。行ける先があってよかった。受かったので、ここまでの事象の全部に感謝できるのがありがたい、と彼は言ってる。それはたしかにありがたい。

そんで、手続きとか引っ越しの準備とか、親族への連絡とか。お金の工面とか。ばたばたしているわけですが。親がっ。

本人、スマホと時刻表と漫画本で、まったり過ごしている。部屋の片づけだけ、足の踏み場なくしていた、プリントやワークやテストの紙類、問題集、参考書とかだけ、なんとか捨てたりまとめてたりしてたけど、足の踏み場できたら、やめてたな。

ずっと昔、家を出ていく私のために、あれもいる、これもいる、と母がもたせてくれようとするものを、あれもいらない、これもいらない、と私は荷物から取り除き、そのときの母の少し悲しそうな顔を、思い出したりした。あれが、一緒に過ごせた最後の春だった。後悔するわけでもないが、あんまり、母を喜ばせたことはない娘だ。

いまは、あれもいる、これもいる、とパパが言い、いらないでしょ、あとから自分で考えればいいでしょ、と私が言い、あとから自分で、ということが難しいんだよ、とパパは言い、それもそうかもしれないけど、と私は思い、本人はしたことのない一人暮らしがどんなものか、具体的な想像ができないので、ぼんやりしている。

モノをもつことの恐怖が私にはあり、モノをもたないことの恐怖がパパにはある。二十年間、いるといらないの争いをえんえんやってる続きを、私たちはまたやってる。
この親たちの間で、適当に身を処してきた子が、親のいないところで、どう生きるかは、まだ誰も知らない。

いくらかは、自分を投影するので、生活するという、勉強よりはいくらか煩雑なことに対して、自分たちが、数えきれないほど失敗してきたこと、負わなくていい傷を負ったこと、若いというのが、どんなにリスキーなことであるかとか、取り返しつくようでつかないとか、いろいろ思うのだが、
船出というものはすべからく危険、自分で生きてみて、大丈夫に変えていくよりしょうがないわ。

で、今ごろあの子は船に乗ってる、はず。卒業旅行に誘われて、四万十川を見たいとか、誰かが言って、それなら親しんだ土地なので、息子、張り切って、一泊二日の旅のスケジュール立てて、交通費の計算してた。男子4人、今朝、呉港から船で松山へ向かったはず。
父の三回忌でもあるし、明日は私も帰省することにして、明日夜、友人たちと別れたあとの息子と合流する予定。


近所の古着屋が、バーゲンセール。通学用のコートも学校指定だと20000円するのを、ここで300円で買えて、ほんとにありがたかったのが、閉店するらしく、残念。息子、パパとでかけて、あれこれ買ってきたのを、アイロンかけてたら、古い歌が思い出された。……旅の衣を整えよ♪

遠き別れに耐えかねて♪ の歌。
ずっと昔、私の高校のときの担任が、卒業式のあとで歌った。先生まだ生きてらっしゃるかしら。同級生の行方もほとんど知らない。女の子なんて、結婚したら苗字が変わるから、すっかりわかんなくなる。そんで、たぶん私も、行方不明者のひとり。

私が家を離れるときに、従姉が持たしてくれたスヌーピーの絵の爪切りが、今ごろ出てきた。夏には従姉の三回忌。

春。

これは先月、指宿で遭遇した菜の花畑。

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