手に負えない夕方

   手に負えない夕方   谷川俊太郎

こういう手に負えない夕方ってのがある
曇ってはいるが雨は降っていない
人の足音ばかりがくぐもっているくせによく聞こえる
風はない

こういう夕方が何年か前にもそのまた何年か前にも
そのもっと前にも多分子どものころにもあったのはよく分かってるんだが
(旅先やなんかけっこうさまざまな場所で)
そのときの自分と今の自分の区別がつかない
長い間にぼくも少しは経験を積んでいる筈なのに
それがなんの役にも立っていないように感ずる

今までぼくがやってきたことも
これからぼくがやっていきたいことも
どこかへうっかり置き忘れてきてしまったみたいで
ぼくには今この夕方しかない
だんだん暗くなってゆく木立と時折りの人の足音

決していい気持ちじゃないが
一方でぼくはこうも思っている
これこそ世界のありのままの姿なのではあるまいかって
もとのもとはずっとこうなんじゃないかって
大昔から
そしてこれからも