ふくしま集団疎開裁判 / 『ヒロシマの嘘』

貼ります。



20121005 UPLAN ふくしま集団疎開裁判 財務省上集会
http://www.youtube.com/watch?v=jHPLozbeXvE&feature=plcp

2012年10月1日、ふくしま集団疎開裁判の控訴審は、仙台高等裁判所で第一回目の審尋がおこなわれ、多数が支援に駆けつけた(審尋第二回目は11月)。その成果報告を­含めた金曜日抗議行動は文科省前(略)と財務省前。 この日は車いす山本太郎氏がスピーチを行い、また京都大学原子力研究所の小出裕章助教からは電話メッセージが届いて、官邸前集会の帰路にある人々の足を留めた。
こどもたちをモルモットにした人体実験という戦慄すべき深刻な事態が福島で進展している。私たちには二つの選択肢しか許されていない。傍観して集団殺戮の共犯者となるか、­それとも巨大な原子力帝国に抵抗して闘うか。一人ひとりが自らの人生と人間性を賭して考え、問いかけそして選択していかなくてはならない。



文科省のモニタリングポストの値が実際より低く操作されている、という話も。そのような話にも驚かなくなってしまった。

「科学者が言うことは信用できない。自分たちが勉強しなければいけない」と。

資料貼ります。

いま、福島の子どもたちに何が起きているか。
http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/kou131Matsuzaki-opinion.pdf

ウクライナ政府(緊急事態省)報告書
チェルノブイリ事故から25年 “Safety for the Future”』より
(2011年4月20-22日、チェルノブイリ25周年国際科学会議資料)http://archives.shiminkagaku.org/archives/csijnewsletter_010_ukuraine_01.pdf

福島集団疎開裁判 http://fukusima-sokai.blogspot.jp/

福島疎開裁判緊急署名のお願い
http://fukushima-syomei.blogspot.jp/2012/09/blog-post.html

☆☆

ちょうど今日読んでいた本のくだり。
福島菊次郎『写らなかった戦後 ヒロシマの嘘』(2003年)から。
「僕と天皇裕仁」の章。

「国家は国民を収奪し殺しても、絶対に国民を守ってはくれないことを、いま多くの国民が悟っているはずである。またぞろ愛国心が強制され始めたが、政治が行き詰まり、社会が荒廃すると、お定まりの偏狭なナショナリズムが横行し始める。
 家庭も学校も社会も環境も崩壊してしまったこの国の何を愛せと言うのか。政治が正道を歩み、国民を守っていれば国民は誰に命令されなくてもこの国を愛し、この国を守るだろう」

国家は嘘をつくし、国家は国民を守らない。たしかに。

ヒロシマの嘘』は面白い。歴史の皮膚がべろんと剝けて、見えてくるものは、実にえげつない。原爆投下後の広島の話、被爆者の貧困と行政の残酷、民族差別、ABCCの人体解剖の話、軍隊生活の凄惨ないじめ、同級生たちから聞いた南京虐殺、強姦と殺戮の話。……また書きます。

うすうす知っている。うすうす気づいている。
でも私たちの、不幸への想像力はなんて貧しいのだろうと思う。
国家は嘘をつくが、国民も嘘にだまされたいのだ。 

たぶん、広島に来て、在日朝鮮人被爆者の証言を聞くというふうな体験をしなかったとしたら、私も、きれいな嘘にだまされたいひとりかもしれないんだけど。

昨日、町並み保存と言ったって、昭和やそれ以前の町並みが残っているのは、価値として残してきたわけでなく、置いてけぼりにされた僻地だったっていうだけのことだよなあ、と呟いていたら、パパが、
「腐った昭和の町」と言った。

腐った昭和、という言い方が、あんまりにあんまりで、笑ってしまった。

ああ、腐った昭和の子どもだよなあ。私たち。