蛍光の靴

☆蛍光の靴

ふるさとを出てゆく汽車を待ちながら不機嫌だった 花ふぶく日に

もうすぐに母さんが死ぬと波音がうちあける夜のテトラポッド

闇のほうへ石を投げれば夜光虫あおく光って消えてゆく海

テレビジョンだけは青く新しい老父ひとり住む部落の家に

母さんの形見と気づく傷だらけの鏡と埃まみれの造花

母にきつく三つ編み編まれていた頃の(鏡よ)わたしをおぼえている?

ほんとうにおまえはかわいそうな子で母にやさしくしたことがない

白く濁る鏡に浮かぶ幽霊の母に似ていて似てないわたし

子どもと手をつないで歩くふるさとの昭和時代は海だった道

マンホールのおすいのふたに流星が降りてきているその星に乗る

蛍光の靴駆けてゆく子よきみも黄色いダビデの星の上なり 

原子雲あらわれ消える惑星に原因不明の生と死がある

子を連れて帰郷するときふっとともる蛍のような家族のひかり

故郷いまも路地の闇から不機嫌な顔の女の子があらわれる

男の子しろつめくさのかんむりを首輪にかえて犬になって吠える

逆光のなか母さんがほほえんだ記憶の空が夕焼けてゆく

かわいそうなのは残された花と犬(でもきみだって泣いていいんだよ)

帰れないふるさとがある境界の金網をつる草が這い上がる

夏の光 プールのあとのねむそうな子が弾いているねむそうなJAZZ

釣り上げた魚が突堤で跳ねるサマータイムしあわせな子どもだった

(短歌研究9月号)