『チボの狂宴』(追記あり)

パルガス・リョサの『チボの狂宴』を読んだ。

ドミニカ共和国で1930年に政権を掌握、富を独占し個人崇拝を徹底したトゥルヒーリョの軍事独裁政権は31年に及んだ。その時代を描いた長編小説。チボ、というのは独裁者のあだ名。非道で好色な山羊、という意味。

独裁政治はどんなふうだったか。

「貧富の差、教養の有無、敵味方の区別なく、すべてのドミニカ国民に影響を及ぼしているあの男が醸す麻痺状態、決心や思考力を鈍らせ、自由意志まで奪う何か」

「厳しくも霊感を備えたひとりの政治家の指導のもと、尋常ではない急成長を遂げていると称賛されているのはうわべだけ。その実態はとてつもない宣伝と偽りなのに、すっかり騙された人々は嘘と知らずに指導者を崇め、あるいは虐待を受けて破滅に至るという悲惨な光景を繰りひろげてはいないか?」

「今後も彼や大多数のドミニカ国民は、たえず自分を偽ると同時に他人を騙し、嘘で塗り固めた仮面の下に表に出せない本心を秘めた二重生活を強いられ、自己嫌悪や不満にさいなまれて暮らすしかないのだ」

「トニーはトゥルヒーリョが創出した邪悪なシステムに思いを馳せた。そこから逃れられたのは亡命者(必ずというわけではない)と死者だけで、遅かれ早かれドミニカ人全員が巻き込まれた。国内では誰もが何らかの形で政権維持の片棒を担がされたのだ」

チボは神が人間に与えた聖なる特質「自由意志」を人々から奪い取った。だからそれを取り戻すために、暗殺しなければならない、と暗殺者たちは考える。

でもチボが政権を取ったときは、
「当時は誰もが皆、チボのことを地方の頭領の抗争を決着させ、ハイチによる新たな侵略の危機を阻止し、米国との屈辱的な隷属関係に終止符を打ち」
自分たちを救った祖国の救世主だと信じていた。

他民族(ハイチ人)への虐殺。ドミニカ人とハイチ人を区別するのに「パセリ」という言葉を発音させ、うまく言えなかった者の首をはねさせた。
という、まるで日本の関東大震災のときの朝鮮人虐殺の話を想起させるようなエピソードもある。

取り巻き連中がしていることは、
「少しでも総統のそばに寄ろうと仲間を蹴落としてでも前進し、目をかけられようと夢中で冗談や発言に耳を傾けている。」

独裁者は、
「配下の者たちが誰のおかげで生きているかをつねに意識するよう」
定期的に身びいきの序列を入れ替えた。

側近たちは、トゥルヒーリョを前にすると勇敢さや自尊心がみるみる消え失せ、理性も筋肉も麻痺し、従順さと卑屈さに支配されてしまう。
「特権や恩恵は、傲慢な態度と冷遇に甘んじることで成り立っていた」

暗殺は決行される。

暗殺は成功するが、仲間の将軍が裏切る。もっとも裏切るつもりはなかったのだ。
「今自分がすべきことは何か、伝えることは何かをそこまで確信していたにもかかわらず、彼はそれも実行しなかった。」
というだけで。
「思考と行動を一致させられなくなった」
というだけで。
将軍は凄惨な拷問ののちに死ぬ。

他の暗殺者たちも捕まって、拷問され虐殺される。拷問の場面は、すごかった。吐きそうになった。
そうして独裁者が死んでも、腐敗も堕落も去ってゆかない。

すごすぎる拷問と虐殺の場面はさておいて、
この独裁国家の、内面的な腐敗と堕落のありようが、たとえばこの国の民主主義国家のなかでの不幸と、あんまりかわらないような気もしてくるのが、こわかったんだけれど。
このなじみ深さは何か、と思って、

ああそうか、と思った。
私たちは独裁政権下にいたり、民主主義国家にいたりするのではなくて、
畜生道の地球」
に生きているのだわ。

桐生悠々畜生道の地球』という本のことを思い出した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%90%E7%94%9F%E6%82%A0%E3%80%85

追記

ふと思い出した。日本から戦後、ドミニカ共和国に移住した人々が、政府の約束とはまったくちがって、石ころだらけの耕作できない土地を与えられて貧窮にあえいだ、という話は、このトゥルヒーリョ時代のことだ。