国会で朗読された詩

「私たちにあるものは
悲しくつらい過去である
私たちにないものは
楽しく明るい過去である

私たちにあるものは
ないはずの差別である
私たちにないものは
あるはずの権利である」


18日の国会で社民党又市征治議員が質問に立ち、朗読した「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」に収められた京都朝高生の詩。

日韓併合から百年の在日朝鮮人の存在を、あざやかにつきつけたなあ、と思う。
この国で、このように存在させられてきたし、させられているのである、ということに対して、日本という国は、きちんと向き合わなければならないと思う。

今度の無償化除外の措置は、侵略以来百年に及ぶ在日朝鮮人への差別的政策と偏見とが、正しい判断を躊躇させている、ということだと思う。

国家間のあれこれや、政治的な思惑や、過去からの偏見や感情にひきずられて、判断をあやまらないためにも、民族教育の権利についての基本的かつ普遍的な考え方をもつこと、グランドデザインをもつこと、が必要だと思う。

この国はすでに多民族共生社会なのだから、日本人中心ではない、多民族共生社会としての哲学を求めていかないと、ことは苦しくなるばかり。それはもう日本人もいっそう息苦しくなるばかり。

詩は次のようにつづく。

「私たちにあるものは
明るく眩しい未来である
私たちにないものは
暗く進めない未来である」

まず、彼らのために、灯りをともすということが、この国が朗らかであるためにも必要な一歩だと、思う。他者のために灯りをともさなければ、自分の目の前だって明るくはならない。