「路程記」

「路程記」  李陸史(イユクサ)


いのちとはあたかも難破した船の破片(かけら)
あちこちに散らばって 村はせまく汚れた漁村よりも始末がわるく
いのちのはしくればかりがずっと古びた帆布のように吊るされていた。

ほかの人たちはよろこばしい若い日だったのに
毎晩 わが夢はソヘを密航するジャンクさながら
塩につかり潮にふくれて浮かびあがった。

いつももやもや霞む夜 暗礁をきりぬければ暴風と抗ってゆき
伝説で読んだ珊瑚島は見物もかなわぬところ
そこは南十字星も輝いてくれなかった。

追われるこころ! 憔悴した身なので
待ちのぞんだ地平線を一息に這いあがれば
汚水の溜まりは熱帯植物のように足くびにからんだ。

夜あけの満ち潮に流されてたどりついた蜘蛛のように
腐りはてた貝殻にわたしはへばりついてきた
はるかな港の路程に過ぎさった生活(くらし)をかえりみながら……

                
       *ソヘ 日本でいう黄海のこと。

          李陸史詩集『青ぶどう』伊吹郷 訳

李陸史(イ・ユクサ 1904年5月18日~1944年1月16日)は、日帝時代の韓国の抗日詩人。抗日運動のため捕えられ、北京で獄死させられる。本名は李源三、ペンネームの李陸史(イ・ユクサ)は最初に逮捕されたときの囚人番号264(イ・ユク・サ)に由来する。



私の最初の歌集のタイトルは、この詩からとりました。
短歌研究新人賞をもらった連作のタイトルが「路程記」で、第二連を詞書に使いました。
すると、作者は在日外国人だろうと思われたりして、自分では、まさかそのように読まれるとは思わなかったのでとまどいました。あいにく在日日本人だけれど、在日外国人にとって残酷な社会は、日本人にとっても残酷だろうと思います。
息子にはこの詩人の名前をもらいました。この国が暴力で奪ってしまった名前のひとつを、せめて取り返そうと思いました。

野樹かずみ歌集「路程記」1400円 
読んでやろう、という方は連絡くださるとうれしいです。kazumi_nogi@hotmail.com



しばらく、私が親しんできた朝鮮の詩人たちの詩文を紹介していきます。