墓碑銘

子どもの机の下にちらばっている紙くずをふと拾いあげたら、墓の絵がかいてある。西欧風で楕円の上に十字架がついている。墓には子どもの名前が刻んである。なんと、自分の墓の設計図である。……めまいする。
というか、涙がにじんでくる。7歳の子に、自分の墓の設計図なんかかかれたら、泣く。いったいなんで、お墓ですか。

墓の設計図の名前の横に、墓碑銘が刻んである。

「きびしさとたたかった人 ここにねむる
 うつくしい天しとともに いのちなくして」

わかった。ジャン・バルジャンだ。
うちに、子ども向けの名作絵本シリーズというのがあって、もう40年くらい前の本なんだけど「マッチ売りの少女」や「フランダースの犬」からはじまって「ああ無情」で終わる。夏休み前に、毎晩寝る前に読んでやっていた。
最後に読んだ「ああ無情」の最後のページで、ジャン・バルジャンが死ぬが、そのお墓の墓碑銘だ。 

なるほど。でもさ、この墓碑銘は、ジャン・バルジャンのように、コゼットを救ったり、マリウスを助けたり、人のために闘った人にふさわしい。きみは、この墓碑銘にふさわしくないよ。
でも自分で、これを墓碑銘にするんだと設計図を書いたんだから、死ぬのは、ジャン・バルジャンみたいに、この墓碑銘にふさわしい人になってからだよ。急がなくていいから。全然急がなくていいから。

だけど、なんで、こんなの書いたの?
「おなかがすいたときに書いたんだよ」
おなかがすいて、それでジャン・バルジャンが一切れのパンを盗んだこととかを思い出したの?
「おなかがすいて、ああ死にそうかなあっておもったんだよ」
あのさ、おなかがすいたら、死にそうになるまえに、おなかすいたって言うんだよ。

するとパパが、「でもママは、おなかすいたって言っても、気のせいだよ、って言うもんな」って言う。
ああ、たしかに。

「気のせいじゃないよ」って言うんだよ。

レ・ミゼラブル」。私が小学校のときに、図書館にあったのは「少女コゼット」というタイトルだった。私が覚えていたのは、コゼットが、いじわるな宿屋に預けられて、こわい夜道を水汲みに行かされていた場面だったけど、同じころに、同じ本を読んでも、心に残る場面はこうも違うのだ。

ジャン・バルジャンの墓碑銘だって。




『パンとペン 社会主義者堺利彦と「売文社」の闘い』(黒岩比佐子)を読んでいる。1910年の大逆事件以降、社会主義者への厳しい弾圧の時代を、堺たちがどう生きたか、という話なのだが、まだ読み始めたばかり。ちょうど読んでいたページに、「レ・ミゼラブル」の話が出てくる。

「また、堺はヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の英訳本を読んで感動し、『福岡日日新聞』(1898年5月5日付)にこの小説の梗概を「哀史梗概」として寄稿している。僧正ミリールは「美里流」、ジャン・バルジャンは「戎巴爾戎」、ハンチンは「半椿」、コセットは「小節登」というように人名には漢字を当てていた。『レ・ミゼラブル』の翻訳は、1902~03年に黒岩涙香が『萬朝報』に連載した「噫無情」が有名だが、堺はそれより早く新聞でこの小説を紹介していたことになる。」

黒岩比佐子さんの本は、「編集者 国木田独歩の時代」もとても面白く読んだ。若くて亡くなられてとても残念だ。