原爆文学研究会 メモ③

外は大雨。雨の音をききながら。

原爆文学研究会メモ つづき。

●小沢節子「大石又七の表現―核と向き合う戦後思想のひとつの可能性として」

第五福竜丸から「3.11」後へ 被爆者大石又七の旅路』(岩波ブックレット)は読んでいたので、ビキニの水爆実験で被爆したこの人のことは、だいたいのことは知っているつもりでいたんだけれど、人の声を通して聞くと、また違う姿が見えてくる。

被害者である大石さんが長い沈黙ののちに、発言し、証言し、本を書くようになる。途中いろいろなことがあるんだけれども、印象的だったのは、大石さんが本のなかで「俺」という一人称を使うこと。日常では使わない。本を書くときだけ使う。
「俺」はものを書くために呼び出された主語。「俺」という一人称を手に入れたことで、「私」では書けない、体験や感情を表現できるようになった。
「俺」を通して、漁師のころの、ビキニ事件当時の「私」に戻ることができた。方法論としての「俺」。

この「俺」は考え始める。体験を核に。「社会化、言語化できない個/孤」の苦しみを核に。思想が形成されてゆく。運動のように。

本を書く度に、そのプロフィールが、どんどん長くなっていく。自分の経歴に加えて、仲間たちの病と死の記述が加わる。第五福竜丸に関わる出来事から、各国の核実験まで。戦後の核の歩みが一望できるんじゃないかと思うほど。それが、個人のプロフィール。
これはなんだかすごいことだ。

最初の子どもが奇形で死産だったことは、なかなか語れないことだったという。次に生まれた娘さんが、親の被爆のために差別されたことも。
それらが語り出せるためには、
一言で言えば、たぶん、しあわせになる必要があった。
いまがしあわせになって、娘さんが結婚して、それからようやく語り出せること。



大石さんについての話を聞きながら、いろいろと思い出した。

以前に、子どもたちへの差別をおそれて、ずっと被爆を隠していて、子どもたちがみんな結婚してようやく、被爆者手帳を申請したという在日朝鮮人の入市被爆者の方の話をきいた。民族差別に対してこんなに勇敢な人が、被爆者差別に対してこんなにナイーブなのかと、胸をつかれたのだが。まもなく、亡くなられた。肝臓癌だった。

語り部の沼田先生とはじめてお話したとき、体験が思想になる、ということがあるんだ、そんなふうに生きることができるんだと、心打たれたのですが、あのとき、語り部をはじめた最初のころのことを語ってくださった。修学旅行生に、被爆体験を話す、すると子どもたちの感想が、「沼田さん、かわいそう」というのです。これではいけない。かわいそうという感想ではいけない。
それから、どう話せばいいのか、考え、勉強し、工夫していった、というのでした。
他者との出会いがあり、他者へ向けて語る心があり、それが人生の嘆きを越えてゆく契機になっていったことが、伝わってきた。
あの日、沼田先生が、子どもたちに語っていたのは、いじわるな自分の心をのりこえよう、ということだったし、あとで私たちに語ったのは、中国やフィリピンの戦争被害者のことだった。

被爆者は多いが、すべての人が、語り部になるわけではなく、証言を遺すわけではない。多くの人は黙って死んでいく。語るとき、書くとき、同じ「私」という言葉を使っていても、そこには、大石さんの「俺」につながるような、もうひとつの「私」の獲得があるんではないだろうか。
そのもうひとつの「私」が、「かわいそう」を突破してゆく。

原爆で片足を亡くし、恋人も亡くし、壮絶な被爆体験なのだが、目の前にあるのは、ギプスをつけたまま病院から出てきた痛々しい体なのだが、
「私には、愚痴はありませんよ」と沼田先生は言った。

すごい言葉だと、そのときも思ったし、いまも思う。



「俺」について。

ベトナム戦争から帰還した作家の作品について、真実を伝えようとしたら、嘘を言うことになる、という話が面白かった。時系列で、事実を書いても、かえって嘘くさい。戦争の狂気や混乱を伝えようとしたら、嘘が混ざる。作品として面白いもの、残っていくものは、一人称で書いてあっても、三人称の「私」だ。
という、参加者のコメントが興味深かった。

そうか。三人称の「私」か。
短歌の「私性」を考える。一行しかないし、「私」を離れられない、「私」しかいない、の詩型だが、そこにいる「私」は一人称の「私」とは限らない。たしかに。
そうか、三人称の「私」か。

たしかに、そのように運動する。

大石さんの「俺」という装置は、わかる気がする。
たとえばそれは、ペンネームのようだ。
ペンネームを使うから、あることないこと、私は恥知らずに書くと思う。
ペンネームなかったら、たぶん書けない。



大石さんや沼田さんの、なんて言えばいいんだろう、人生の闘いのありようは、シモーヌ・ヴェイユの思想を想起させる。ヴェイユその人の人生は、痛ましく見えたりもするんだけれど、著作から感じるのは、まぎれない光で、その光と、同じ光を感じる。

心が内側からあかるむ。希望の光、と私はおもう。