濡れ衣

昨日の朝、バス停で子どもは泣いていた。ちょうど私は旗当番で、登校班に付き添っていたんだが、高学年の後ろにいたので、気づいたのは、子どもがしくしく泣き出した後だった。理由を聞いても答えないで、ただ泣く。
同級生のT君のお姉ちゃんが、弟をとがめるが、弟は、ぼくはなんにもしてない、こいつすぐ泣くんだ、と言う。たしかにこいつはすぐ泣く。でも理由なしには泣かない。とりあえず泣きやませて、バスに乗せて行かせた。
この調子だと、学校でもけっこう泣いてるだろうな。

元気に帰ってくるから忘れていたんだが、思い出して聞いてみた。昨日の朝はなぜ泣いたの。
「Tくんが、ぼくがポイ捨てしたっていうんだ。ぼくはしてないのに、したっていうんだ。ぼくはしてないのに。」
そんなところだろう。濡れ衣を着せられることの多い子だ。

面倒なのは、それをパパが聞いたことである。
「そんな奴とつきあうな。家にも連れてくるな。いいか、おまえをいじめる奴は、絶対、人生ろくなことにならん。ろくなことにならん奴とつきあうな。」
T君はこないだ3日連続うちに遊びに来て、玩具を片づけないまま帰っていたが。パターンとして、仲良く遊んでいたはずの子に、しばらくすると叩かれたり泣かされたりしている。
「パパさ、それをりくが、Tくんにそのまま言ったらどうするよ。」
「いいよ、言えよ。」

本音を言うと、パパの意見には賛成である。今度泣かしたら親に言うからな。それでまたお母さんを泣かせるのかもしれないが、それも面倒くさいが(ほんとに面倒臭いんだが)、お母さんが気の毒だなあと、気遣うのも、もう面倒くさい。
今度あなたの息子がうちの子を泣かしたら、あなたも一緒に泣いてください。

話は終わらない。
晩ご飯のときに、子どもが私にたのみごとをするのに、とんでもない命令口調でものを言ったんである。
「ママに対して、なんという口のききかたか」とパパに怒られた。
ざまあみろ。
なんだが、これがまた泣くんである。
「おまえなんかだいっきらいだ。もう親子でも友だちでもないからな。出て行け」と言われて、号泣。泣くわ泣くわ。
この子ども、ママに「信じない」って言われるのと、パパに「きらいだ」と言われるのは、ことのほかこたえるんだな。軽く言われてもつらいが、怒鳴られたんである。地面が割れるほどのショックだわ。

「ばかな同級生の真似をするな。まったく、あそこの小学生はケモノばっかりだし、うちのは発達障害だし。」
そういう身もふたもない言い方をするか、という言い方を、する。正直言って胸がすく。こどもは泣いているが、私は笑ってしまう。

「ごめんなさい。もうしません」って言うしかないなあ。子ども。
追い出すわけにも行かないから、ゆるすしかない。親。

パパの説教がつづく。
わかんなくても聞いておけ。

「同級生の真似をするな。真似をしたらおまえもばかな同級生とおんなじだ。これはいいことか悪いことか、自分の頭で考えろ。とにかく考えて生きろ。言葉使いが悪いのは損だ。あいさつができないのも損だ。人をいじめるのも損だ。子どもだからゆるされるなんてことはないからな。一生たたる。今おまえをいじめる奴が、将来どうなるか、見ておけ。よっぽど心を入れ替えないかぎり、いい人間にはならん。」

と、40年前のいじめられっ子は言うのだった。

「大人がわるいんだよなあ。」