海に降る雪


 ずいぶん前のことだ。冬に、山陰地方に遊びに行った。バスで中国山地に入っていくと、思いもよらない雪景色で、こんなにたっぷり雪は降っていいもんだろうかと、めったに雪の降らない地方で育ったものとしては、なんだか不思議なようだった。
 海辺の雪を踏んで歩いた。瀬戸内海のおだやかさに慣れた目には、日本海の荒々しさは、見るだけで緊張する。海に雪が降っていて、ああ、こんな景色もあるんだと思った。

 雪が降ると、眼前の世界が太古の世界に変貌する。高田宏のエッセイには、北国で育った少年の日に、雪の降る海辺で、空と海との境界の消えた世界に立って、時を忘れていた体験などが、とても印象的に書かれている。

 「海に降りしきる雪を見ていると、日本とか二〇世紀とか、敗戦とか空腹とか、自分を縛っているはずの時空がなくなって、原始の世界に立っている気がしたものでした。」
     高田宏『北国のこころ』

 「海や地球や星の時間のなかに、ほんの一瞬ぼくの時間がまぎれこむ」
       高田宏『出会う』

 昨日の朝の積雪、5センチほど。雪かきの必要もなかった。年末からの雪が消え残っている白い庭に、万両やおもとの赤い実が光っている。それから、さざんかの赤い花。