ぶちころされちゃったら

うちの農場主は(ちびさんのことだが)そろそろ畑仕事も飽きたらしく、ここんとこ私ひとりでしていたが、今日はついてきた。水菜と、はつかだいこんの種まきをして、みずやりをした。

畑でちびさんが言った。
「もしこんど歌わなかったら、ぶちころすって、Kくんが言うんだ」

ちびさん、みんなと一緒に歌ったり踊ったりしない。
それで出席番号が隣で、席も隣で、バスも一緒で仲良しで、ひとなつっこくて、まわりのお友だちのことが気にかかるKくんが、ついに、黙っていられなくなったのだろう。
それくらいの社会性は出てくる年頃なんだろうが、自閉の子の社会性のないのも大変なんだが、やれやれ、こういうふうに社会性があるっていうのも、まったくうざったいなあ。

ちびさん、ぶちころすって言われたのを、文字どおりに受け止めて困っている。
歌うたえないぐらいで、ぶちころされては私も困る。
そういえばこの国は、君が代うたわないと、なんか処分されたりするんだっけ? というようなことが、ふと気にかかる。もちろんちびさん、国歌斉唱なんて、できないだろう。

さてどうしようか。
「りくは歌えないんだよね。それは明日になってもむずかしいよね。口だけあけとくという手もあるけど、そういうことも無理だよね」
「むりだよ。だって、歌おうとすると、息がとまりそうになっちゃうんだ。それに新しい歌はわからないよ」
(そうなのだ、耳できいただけで、しかも子どものきんきん声で、どうしてみんな歌詞を覚えられるのかは、私もまったく不思議だ)

「歌えないのはしょうがないよ。歌えなくていいよ。でもりくが歌えなくても、どんな理由があっても、ぶちころすなんて、Kくんは言っちゃいけない。だから、もし明日また言われたら、ぶちころすなんて言っちゃいけないんだよって、りくはKくんに言わなくちゃいけない。言える?」
「うん、言える。でももし、そう言っても、ぶちころされちゃったら、どうしようか?」
いや、ぶちころされちゃったらどうしようもないが。
「もし、ぶちころされそうになったら、ぶちころされるまえに逃げなさい。あや先生のところか、保健室の先生のところに、すぐに逃げる。教室を出ていってもいいからね」
「わかった。ぶちころされちゃったら、保健室にいくよ」
まあ、こういうことは、いつか起こってくることとは思っていたが。

夜になって、ちびさんまた不安らしい。
「ぼく、明日ぶちころされちゃったら、あさってから幼稚園に行けない」と涙目。
「大丈夫だよ。ママが先生にお手紙書くよ」
すると、パパが言うんだな。
「おう、おまえがぶちころされたら、パパがKくんをぶちころしに行く。幼稚園にのりこんでいって、つかまえてひねりつぶしてやる」
すると、ちびさん、もうほとんど泣きそう。
「だめえ。Kくんをひねりつぶしたらだめなの」
やれやれ。ちびさん、こんどはパパから、友だちを守らなければならないのである。いいのか。こんな荒療治で。
「じゃあ、パパが行かないですむように、ぶちころすなんて言っちゃ駄目だって、自分でKくんに言えるか」とパパ。
「うん、言う。ぼく、言えるよ」

それからまたしばらくして、ちびさん、不安なんだ、やっぱり。
「ママ、先生にお手紙書いて」
というので、ええ、書きました。

みんなと一緒のことができない子もいるし、それはそれで、ありのままを受け入れるということを、まわりの大人や子どもたちができるように、お願いします。

考えてみれば、幼稚園なんて、歌ってお遊戯して、の世界で、それがまったく難しいのに、みんなといっしょに、しかもかなり朗らかに、そこにいる、というのは、ちびさん、きみはほんとにえらいよ。
明日も明後日も、絶対にぶちころされずに帰っておいで。



ふきのとう2つ見つけた。春だ。