恋に落ちて

私が、ではなく。

オルハン・パムクの小説『無垢の博物館』を数日前に読み終えた。
おもしろかった。

恋に落ちて、人生を棒にふった男の話。

「いつのことか、君は僕の恋人だった
そばにいても君が恋しかった
いま君は別の愛に出会った
幸せは君にあげよう
苦しみは僕が、苦悩は僕が引き受けるから
どうか幸せな人生が君のものでありますように」
という歌の歌詞は美しく聞こえるが。

裕福な30男が、18歳の娘に恋をした。それで、婚約者もいたのに結婚もおじゃんになるし、ゴシップふりまかれるし、肝心の若い恋人は行方不明で、あらわれたときは人妻だし、なのに恋しつづけて、彼女の煙草の吸い殻までコレクションしている……。

「フェスンに恋い焦がれるうちに六年という歳月が流れた。人生とは未来に向けて開け放たれ、愉悦に溢れた冒険行だと思い込んでいた若者が、人生への痛憤や孤独、失望にとりつかれた一人の男へと変わり、人生にはもう何もないのだという虚無が徐々に鎌首をもたげていた。」

なんというか、すみずみまで愛の苦しみがいきわたっている本。

男は、もといた裕福な人々の世界からも離れて、うらぶれて、異国でみすぼらしく死んでゆくんだけれど、彼の愛の苦しみに上下巻しっかりつきあったら(つかれるが)、なんというか、幸せが自分の胸に生まれてくる感じがする本。

「とても幸せな人生」を送った男についての本。

たぶん、人生って、壊れたぶんだけ、棒にふったぶんだけ、価値なのかもしれないと、読み終えたらそう思ってしまう本。

うん、棒にふってなんぼ、の人生かもしれん。元気だそう。