想定外


 なんでこんな手紙が? と思うような手紙が舞い込んでいた。金(ゴールド)を買いませんか、というの。手書きの手紙まで入っている。見積もりによると、いま投資すると、900万が3000万以上になるらしい (もちろん、ならない場合もあるらしい)。たぶん、以前に電話がかかってきていたのを、夫がまた、長話につきあって、関心があると誤解させたのだろう。
 900万なんてお金、どこにあるんですか。9000円だって無理だわ。

 こんな話をきいた。ごく近くに住んでいる老夫婦なのだが、昔は羽振りがよくて、家も何軒もあったのが、いろいろあって結局残ったのはここの家一軒だけ。それでもここは空気がよくて、ここに帰ってこれてよかったと、おばさんは嬉しそうにしている。
 なんでも道路の拡張で土地を手放して、大金を得たこともあったらしい。でもそのときのお金がどこにいったかわからない。あんなお金をもらってもいいことはない、というのが老夫婦の結論なのだが、そうやって大金を手にした昔の隣人たちが、その後しあわせかというと、そうでもなくて、病気したり事故したり死んだり、家族が諍ったり、ろくなめにあっていない、と。

 結婚や出産や新居への転居みたいに、おめでたいと思われることでも、環境の変化が強いストレスになって、それで精神を病むこともあるわけだから、予期せぬ大金で心身のバランスが崩れることもあるだろう。たぶん私たちの場合は、大金を得るよりも、文無しになるほうが、ストレスは少なくてすむよね、と夫と話していたりした。(でもたぶん、貧乏への耐久性は私のほうがずっとある)
 そう言って、自分たちをなぐさめていたりはするのだ。この数ヶ月、想定外の出費が相次いで、私の1年以上分の、なけなしのへそくりが、すべて消えてしまった。すべて。
 へそくりしていたかいがあると言えば言える。言えば言えるんだが……。「たのもしいでしょ」と夫に言ったら「とっても」と返ってきた。しばらくビールなしだ。