にげよう。

昨日の朝の雪景色、うっすら積ったのが凍っていた。
療育センターの日なので、弁当つくって、ちびさん起こす。起こして朝ごはん食べさせたんだが、すこし吐く。寒い朝は、ときどきこんなふうだ。胃腸の動きがよろしくないらしい。すこし休ませてから、療育センターに行く。

すこし遅刻して行ったら、教室の入口で、ダイキくんがママにしがみついて泣いていた。彼はいつも遅れて泣きながらやってくるのだが、ダイキくんを見た瞬間、ちびさんがパニックになった。大泣きして、教室に入りたがらない。こんなことははじめてで、推測するに、ダイキくんの泣き顔を見た瞬間、母子分離の時間がくるということを思い出したのだろうが、すごかった。

しょうがないので、私がとっとと教室に入ると、泣きながらあとを追ってきたが、いつもは楽しい自由遊びの時間なのに、遊具にも友だちにも目もくれず、
「ママ、にげよう」
「ママ、あっち(ドアのほう)ににげなきゃ」
「ママ、にげるんだよう」
「ママ、にげるんだってばああああああ」
と、私の手をつかんでひたすら泣き叫ぶのだった。
その激しさは、たぶん、火事とか、戦争で爆弾ふってくるとか、それくらいせっぱつまっていた。

思わず一緒に逃げたくなるが、逃げても寒い外でふるえるだけだと、すこし私も冷静になり、ドア付近で子どもを抱いてふみとどまる。

まもなく母子分離の時間になり、実際に母がいなくなると、ちびさん、わりとすっきりあきらめて泣きやんでいた。
リズムはいつもと構成が変わっていた。うちのがさっぱり参加しないので、参加しやすそうな別の遊びも入れてくれていて、おかげで、花のシールたくさんもらえていたね。

しかし、あのパニックは、自分のなかの想像上のキョーフが、世界のすべてになるんだなあ。どうしてママが一緒に逃げてくれないのか、実際の母子分離よりも、そっちのほうが、絶望感のあることだったろうなあ。
「ママ、にげよう」
あの叫び声は耳に残るなあ。